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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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十七 わざわいの花ヒラク声、ぬくもりの花護る心

***前回のあらすじ***

 人間とエルフの和平に向けて秘密裏に会見するコアイ達とアンゲル大公フェデリコを襲った一隊は、「神の御声」に導かれた者達……争乱の継続をもくろむ人間とその加担者達だった。

 コアイは会見に同席した大公やエルフの指導者ソディ等を守りつつ、人間達の一隊を撃退する。

 彼等の、また彼等に神と呼ばれる存在の悪辣さに強い不快感を抱きながら……

「敵兵を追い払ってきた」

 帷幕の近くに動く者のいないことを確認してから、コアイは帷幕に入った。

 帷幕の中では、大公がテーブルの上に寝かせられていた。少なくとも、コアイが出て行った時よりは落ち着いた様子である。


「追い払った? 殺したんじゃなくてか?」

 それを物語るかのように、大男の低い声が軽口を叩く。


「概ね殺したが、首謀者らしき者等には逃げられた気がする」

 コアイは大男アクドに対し簡潔に応えてやる。

 しかし軽口に応えてやったことで、首謀者らしき……人間の男女の姿を思い出して、コアイの胸中に言い得ぬ不快感が再び、僅かながら湧き起こる。



「ところで、コアイ殿……考えておったのだが、この件の首謀者はアライア殿か?」

 大公は身体を起こしながら、コアイに訊ねる。


「大公殿、まだあまり動かぬ方が良い」

 老人ソディが大公を気遣い声をかけると、大公は再び身体を寝かせた。


「名前は覚えていないが、黒髪の女……以前この平原で会い、私を魔術で地中に沈めてくれた女だ。あれが神の声とやらを語りながら率いていたらしい」

 発言した通り、コアイはその女の名など覚えていない。が、なかなかに強力な魔術を操る女だとは記憶している。


「地中にって、それで平気なのか……なんというか、さすが王様ってとこか」

 アクドが半ば呆れたような言葉を口走るが、コアイは一瞬視線を移すだけで今度は返答しない。


「ふむ、そうか。ならばアライア殿だろう、それならば合点がいく」

「ああ、そういえば茶色い髪の男も一緒だったな」

「……神の(しもべ)、神の声、か」

 大公は目元に険しく皺を寄せながら呟く。


「彼らが今回の早さで主導した襲撃なら、王族や貴族たちは軽々しく呼応せんだろう。坊主共も、そう素早くは動けまい……しかし、十分な時間があれば、坊主共が……」

「ボウズ? そいつらは強いのか?」

 そう声に出したのはアクドだったが、コアイも同様の疑問を抱いていた。

 もし力があるのなら、おそらくその者等も邪魔になるのだろう……


「ああ、坊主共に大した戦力は無い。しかし坊主共が公式にアライア殿らを神の僕と認め、信仰心の篤い貴族らに助力を勧めたならば……今回のような少数での騒動ではなく、国軍やその指揮官、貴族らの私兵などを含んだ大軍での反乱にもなり得るだろうな」

 大公は顔を曇らせたまま、丁寧に今後の予測を語った。



 大軍か。それは良いが、このまま話を聞いていると……あの女の言葉を忘れてしまいそうだ。

 コアイは念のため、女がコアイに語った内容をはっきり覚えているうちに皆へ話しておこうと考えた。


「その神とやらは……あの女が言うには、貴公は魔王に惑わされている、神の声によって正しく導かねばならぬ、のだと」

「神の声が、正しく、導く……か」

 そうこぼした大公の姿には承服、あるいは納得といった気配は感じられない。

 コアイは説明を続ける。


「だがそれは大した文句でもない。それよりも、奴等は……貴公が死んでも良い、と考えているようだ」

「な……」

 アクドだけが絶句し顔をしかめる、他の二人に驚きや怒りの発露は見られない。


「襲撃によってもし貴公が死ぬようなら、その責任を我等に押し付けて侵攻の口実にするつもりらしい。そう話していた」

 コアイは必要であろう情報を、一通り話した。同時に心中の不快感をも吐き出すように。



「フハハっ、なるほど私を生贄にしようてか」

 一通り話を聞いて、憤りに歯噛みし拳を震わせるアクドとは対照的に、他の二人はさもありなんと言わんばかりに淡々としている。


 巻き込まれただけのソディはともかく、暗殺まがいの襲撃を受けたばかりの大公が平然としているとは。

 コアイは人間達の小狡さに呆れる一方で、大公の豪胆には少し感心していた。


「ふふ、人間とは……」

 この世界の人間も、小者ばかりではないらしい。


「しかしあの小娘、策が成る前にそれを口にしてしまうようでは、まだ少し青いかな」

「ほほっ……そうですなあ」

 一方では、大公と老人がそう言って笑い合っていた。大公の物言いは、それまで態度に出していなかった、あの女……アライアへの怒りを表しているのだろうか。



「それにしても、せめてエルフたちにははっきり事情を話しときてえな……なにか、この毒矢以外で証拠になるものはないか……」

 他方でアクドはむしろ、同族への説明の必要を気にしていた。


「証拠のう……物証など、感情の爆発の前では脆いものだぞ、アクドよ」



 証拠……?

 そう聞いたコアイはふと、懐に忍ばせた絵の存在を思い起こした。


 彼女が私達を光板に描いてくれたあの時のように……大公と突き刺さる矢を絵にすれば、あるいは?



 コアイはふらりと帷幕の外へ出る。


「おや陛下、どちらへ?」

「直ぐに戻る」



 コアイは外に出て特に平たい場所を探し、そこで彼女を()召喚陣(ペンダグラム)を描こうと、懐にしまい込んだ彼女の絵を取り出し……


 取り出した絵を開いて彼女の姿を目にしたところで、召喚の準備をやめてしまった。



 彼女をこんな殺風景な場所に喚んで、血生臭いものを見せて、その上魔術を使ってそれを描け、となど………………


 私には、言えない。



 コアイは何も無かった風で、帷幕へ戻っていく。


 それは、コアイなりの彼女への気遣いなのだろう。

 それは同時に、コアイが彼女に対して、まだどこかで遠慮しているということなのだろう。


 情熱に中てられた心でなら……触れて欲しい、寄り添って欲しい、とも言えてしまう。

 けれど、冷静な心では……彼女に面倒を掛けるようなことは口にできない。



 今のところ、コアイの恋は……そういうものなのだろう。




 コアイ達は、帷幕をそのまま放棄して立ち去ることにした。

 まずは国境(くにざかい)を急ぎ越え、砂嵐の起こるおそれがない森林の水場に入ったところで大公の矢傷を処置する、という計画である。


 幸いコアイ達の乗ってきた馬車は無事だった。一行は大公の矢傷が固まってしまう前に森林に入れるよう、馬を進ませる。

前書きに、前回のあらすじを書いてみることにしました。

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