十六 ヒトと、ヒト故の争乱のタネが
「気持ち悪……むかしの映画みたい」
「ああアレかぁ、ラスト溶岩落ちるやつなー」
「あれ? 工場だったような……」
「あ~、まっ、とりあえずその話は後にしようぜ」
彼等は、コアイが石壁を抜けて外側へと現れる様子を注視していたのだろうか。人間達のかたまりの中心に立つ男女が、得物……男は槍を、女は抜き身の剣を手にして待ち構えていた。
コアイは見覚えのある男女と、それ等が率いる集団に……強い嫌悪を感じる。
戦の匂いとはどこか違った、血の臭い。
誇りも知らぬままに腐った、肉の臭い。
何処からか聞こえた女声に、似た臭い。
それらは、コアイの目に冷ややかな殺意を抱かせる。
「うぬ等は……」
「ま、そりゃオメーもいるよなあ……あいかわらず怖え顔」
茶色い髪の男がそうこぼすと、
「ラスボスがあちこち動き回るのは、感心しませんね。尻軽というか」
黒髪の女が続けて、静かに語りかける。
「そんな意味だっけ、それ?」
「……冗談ですよ」
コアイには「しりがる」なる言葉の意味は解らないが、人間二人は何やら言い合っていた。
ただ確かなことは、その姿もやはり不快……コアイはいっそう深まった嫌悪感に耐えかねて、塞がり切っていない指の傷痕から無心で血縄を取り出し、彼等を鞭打とうとした!
「! よけて!」
「えっ痛でっ!?」
人間二人は馬から転げ落ちた。
しかし、その原因は異なっている。鞭打たれて落馬した者と、鞭をかわそうと体勢を崩して転げた者がいる。
が、コアイにとってそれはどうでも良かった。
「何の用だ、今度こそ殺されに来たとでも言うつもりか?」
「ちょいと、ご加護とお導きとかいうやつがあってね。強くもなったし、今度は勝つさ」
男は勢い良く飛び起きながら答える。
「ちょっと、違うでしょヒサシさん」
女は対照的に、ゆっくりと身体を起こした。
男の方はよく分からぬが、女の方は何か考えを持ってここに来たように思える……
そう感じたコアイは、女を見据えて問いかけてみる。
「このような所に来るということは、大公も此処に居ると知っての事だろう?」
「それが、何か?」
女のコアイに対する態度は、一貫して冷淡なように思えた。
「主が居ると知りながら、何故攻撃した」
「大公殿下は魔王に惑わされているのです。神の御声を届ける私がお救いし、正しく導いてあげなければなりません」
女はそう言いながら、胸の前で手を組む。
「救う? うぬ等の言う救いとは、死……殺すことなのか?」
「ふふッ」
コアイの反論を聞いた女の眼が、汚らしく歪んだ……
「奪還戦の結果、殿下が不幸にも犠牲となられたならば……その罪は、全て魔王らに」
そうか、そういうことか。こ奴等は、まさに人間なのだ……
コアイは失笑していた。
こ奴等は、とても人間らしい。それはあの声の女も、同じなのだろう。
襲撃の結果……
私や翠魔族が死ねば最上、
大公を拉致できれば次善、
もし大公が死んだ場合は……私や翠魔族の凶行だとうそぶき、人間達の敵意を煽る。
あいかわらず、小狡い者達だ。
コアイは笑い声を繋げながら、殺意がまた昂っていくのを感じる……
「周囲の者等も、うぬの賛同者か」
「権力よりも、神に……神の御声に従うことを決心した、誇らしい人たちです」
そう宣言した女は、目を輝かせている……その姿はコアイに、殺意とともに呆れを感じさせた。
「その策謀は……いや」
コアイは女に問いかけようとして、止める。
こ奴等が、何を宣ったとしても……こ奴等を生かす理由も、苦しめぬ理由も無いから。
コアイは眼を閉じ、詠唱を始める。
「幾百の弦よ、幾千の鏃よ」
「所を知り射てよ、果を知らず駆けよ」
「普く裂けよ、悉く穿てよ」
「みんな、逃げて!!」
それを察したらしき、女の悲鳴じみた声に少し遅れて……コアイは眼を開く。
そして。
「『天箭』」
詠唱者、コアイを中心に嵐が巻き起こった。
猛り狂う暴風が人馬を薙ぎ倒し、あるいは風刃が斬り伏せていく。
また風に乗った無尽の尖石が彼等を貫き、肉を抉って鮮血を吸う。
多くの血を大地に吸わせ、また自らも吸い尽くせど……嵐は止まず。
彼等に一切の救いは無く、慈しみも無く。
命の鼓動は尽きねども、狂風は横薙ぎに、石礫は縦横に死肉を切り裂き、穿とうと撃ち乱れる。
コアイが吸える息にはどれも、血肉の臭いが満ちている。
コアイから見渡せる範囲には、肉塊が方々に散っている。
そこでは、コアイのほかに……二騎だけが、遠くふらつきながらよたよたと逃げる姿を晒していた……
しかし弱り切った姿を見たとて、コアイの意識から彼等への殺意は消えない。
「これぞ必殺、『光波』!」
短い詠唱の響くその場では……術者から発せられる力強い光束だけが、逃げる者共を捕らえ焼き尽くさんと奔っていた。
しかしコアイは、光束の出力に伴う感情の発散を感じただけで、手応えは感じていない。おそらく、当たってはいない……
けれども、それで一向に構わなかった。
奴等はまた日を改めて挑みに来る、そう確信していたから。
『金城』の内外で安全を確保したと考えたコアイは、石壁をすり抜けて内側へ……ソディ達が待つ帷幕へと戻っていった。




