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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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十五 あらそい、未だ、ヤまず

 平原にポツンと孤立する帷幕に、矢の一群が集り出す。

 それらに意思などあるはずは無いが……それらは明確な否定の意志を示しているかのように、誤りなく帷幕を貫かんと空を駆けていた。



「殿下、ここも危険です! 一旦退き……」

 そう叫んだ護衛の目の前を矢が通り過ぎ、地に刺さる。


「この状況で、退く場所などあるのか? 馬が無事かどうかも分からぬのに」

 大公は不安を口にしながら、それを表情には出していないようだった。コアイは大公の様子を見たのち、老人ソディに目をやる。



 今この場で、最も優先すべきはこの男の安全。

 だが、魔力を感じさせぬ人間の兵団……被害なく戦い抜けるか? いや、私の魔術では難しい。


 ……どうすれば良い?



 悩めるコアイの脳裏に浮かんだのは、何時ぞやの水浴び──川のせせらぎの中での、スノウとのふれあいだった。


 そうだ、余人に晒さなければ、良い。



 コアイは駆け出す。


「へ、陛下!?」

「そこに居ろ!」

 想定外の行動に声を上げたソディを制し、コアイは敵との距離を確かめるため帷幕を出ようとした。


伯父貴(おじき)、こいつを盾にするんだ!」

 大男アクドの低い声と共に、重量物を動かす鈍い音が聞こえた。それとほぼ同時に、


「ぐあっっ」

「ぬう゛っ!?」

 大公達の悲鳴が聞こえた。

 敵兵の放ったらしき矢が帷幕を貫き、人間達の骨肉に到達していた。もちろんそれらは、けしてコアイには触れられない。


「ん? ……う゛あ、あ゛、傷が、あづぃ……!?」

 人間の呻き声を背に、コアイは出口へ向かう。



 コアイは外へ出ると、一方から騎馬の駆ける音を耳にした。その方向に目を向けると、確かに騎馬らしき集団が砂埃を上げて向かって来ている。

 加えて視界の隅には、頭を貫かれ絶命した兵士と先刻追い払ったはずの鳥の姿があった……コアイは嫌悪感と共に、どうにも言葉にできない使命感、誘因のようなものを感じた。


 この鳥を、存在させてはいけない。



 そう確信したコアイは、その瞬間……塞がり切っていない指の傷痕から血縄を取り出し、鳥を縊り殺していた。

 その前後にもやはり、鳥は呻き声すらあげなかった。



 ひとまず憂いを一つ除いたコアイは、目前を駆ける騎馬との距離を目測した。そしてそれよりは小さな範囲、空間を思い浮かべて、二つの記憶を残す魔術を詠唱する……


囲師(いし)周するならば、無欠鉄壁たるべし……」

「黒鋼の壁、完全たる璧 『金城(カルナイン)』」

 今ではコアイ以外には使い手の居ない、強力な魔術。


 平原を支配する戦の音をかき消すような轟音が鳴り響き、巨大な石壁がコアイの周囲に現れた! それらはコアイと帷幕を大きな円で囲うように、次々と地面から突き上げてくる!


 魔術の発動を確認したコアイは、石壁を注視し壁の内側に敵対者が入っていないことを確認しようとした。すると、壁の付け根の辺りに蠢く人影が見えた。

 どうやら少し目測を誤ったらしい、コアイは壁の内側に入れてしまった者を排除することにする。


「風よ牙よ届け 『疾風剣(エアトゥアラ)』」

 風を想起しての詠唱に応え、幅広に膨れあがった風の刃が人影へと駆け付ける。人影へと届いた風刃はそれをずたずたに切り刻んだ。そして風刃は人影の先で、石壁にぶつかると衝突音だけを残してかき消える。


 それらの他に動く者はいない、それを確認したコアイは一旦帷幕へと戻った。




 帷幕の中ではソディとアクドが、横たわる大公の様子を診ていた。護衛の兵は、既に息絶えているらしい。


「こいつは毒矢らしいな、早く抜こう」

「いや、抜かない方がいい……この辺りで下手に傷口を晒すと、そこに砂埃が入って病のもとになるらしい」

「しかし、矢の毒は……」

 どうやら、ソディは魔術による延命、治癒を試み、アクドは対症的な処置を試みているようであった。


「大丈夫だ、この毒なら……私は克服済みだ」

「こ、克服?」

「ああ……おそらく反乱兵は、私に有効な強毒、新しい毒物を用意できなかった。つまり今回は、周到に計画された反乱ではないのだろう」

「その話はちょっとわかんねえが……とりあえず止血しよう」

 ソディは魔術に集中しているのか言葉を発さない。アクドは一旦大公の太ももから手を外し、そして躊躇なく式服の端を破いていた。


「その服は……破いて良かったのか?」

 衣服の切れ端で大公の太ももと左腕を縛ったアクドに、コアイは声を掛けてみる。


「あ……ま、まあ……な、人の命にゃあ代えられねえさ」

「そうか」

 顔を引きつらせるアクドの様子を見はしたものの、コアイには特にかける言葉が思いつかなかった。


「ふむ……とりあえず、命は助かりそうですな」

「さすがの腕だな、伯父貴」

「ああ、大分楽になった。お手当て、まこと感謝する」

 三人は三様に、安堵の声をこぼす。



「何なんだよ、この壁!? ちくしょう、出て来いよ!」

 少し落ち着きを取り戻した帷幕の中に、不似合いな怒鳴り声が届いてきた。


「この声は、ヒサシ殿か」

「話をしてみようか」

 コアイは帷幕を出た。そして徐に、声のする方角へ歩いていく。


 男の罵詈雑言を聞き流しながらコアイは歩き続け、やがて自ら生み出した石壁の傍に辿り着く。

 石壁の辺りには切り刻まれた人間の肉や四肢が散乱しており、また石壁をよく見ると中に埋まっている人間、もしくは身体の一部がめり込んでいる。

 しかしコアイはそれらに興味を向けることなく、そこに何も無いかの如く石壁をすり抜けた。



 壁をすり抜けた先には百騎ほどの人間が固まっており、その中心に……先日闘った茶色い短髪の男と、長い黒髪を束ねた女が居た。

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