十三 人とのソウランは
「大公の使者というのはお前か」
コアイは村のはずれから更に進んだ先の道へ案内され、そこで人間の兵士に会った。兵士はコアイが近付くのを見て直ぐに跪き、以後顔を伏せていた。
「はっ、アンゲル大公フェデリコ様より預かりし親書をお渡ししたく」
「親書……?」
「御意にござります。国政を預かる大公殿下より、コアイ様へ……と」
兵士は顔を伏せたまま、書簡を手に乗せて差し出してきた。
「顔を上げろ、何故私がコアイだと解るのか」
コアイは書簡を受け取る前に、訊ねてみる。
「私も、あの場……ボハル荒野に居りましたので」
そう答えながら顔をコアイへ向けた兵士の顔立ちは、確信こそないが……見覚えがあるもののような気がした。
そこでコアイは頭に浮かんだ話題を幾つか、思うままに投げかけて兵士の反応を試すことにする。
「光の中に消えた男を覚えているか」
「ヒサシ殿は、どこかへ逃げ延びたとか」
「その書の内容は知っているか」
「存じませぬ。ただ、是非ともお渡しせよ、そして返答をいただいてから戻れ……と殿下より仰せつかっております」
「先日会ったばかりだというのに、随分動きが早いな」
「殿下はあの日の翌日、帰還の途上で突然進軍を止めて、仮設の机で筆を取り……書をしたためられました。殿下には何かお考えがあったのでしょう」
コアイの問いに対し、兵士は言い淀むことなく返答する。
「そうか」
ひとまず納得したコアイは書簡を受け取り、早速中身を読んでみた。
『神の御心に於いて、神の御手に依りて大公の位に在りしフェデリコより、心書の状をお送りいたす。
人間とエルフ、双方の未来のために和睦できないかと私は考えている。和睦について、内密にお主と話し合いたい。
和睦交渉をご検討いただけるなら、会談の場や和睦の条件などを返書に記し、本書を届けた近衛兵に渡していただけないだろうか。
アンゲル大公 フェデリコ・パライオ・コムーネ・アンゲル』
「お前に返書を渡してほしいということだが、私は臣に政務を委ねている。よって即答はできない」
「なるほど、私は返答の書簡を待ち、大公殿下にお届けすればよいのですな。食事と寝床をご提供いただけるなら、この辺りでお待ちもうす」
兵士はこのやり取りで、為すべき立ち回りをある程度理解したらしい。
「村長よ、この者の世話を頼めるか」
「人間ですか……まあ、コアイ様のご命令とあれば承りましょう」
コアイは使者となる兵士を村に待たせて、居城へと急いだ。
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「…………だ、そうだ。和睦、か……」
コアイは居城へ帰り着き次第、老人ソディに親書を渡した。ソディは一家の二人を部屋に集め、親書の文言を読み上げていた。
「内容はわかったけど、信用していいのかわかんねぇな……」
「文言に不自然な点は無さそうだな。大公の署名を見るのは初めてだが、封に描かれた紋章はアンゲル大公のものだ」
「だからと言って、罠じゃねえとも限らねぇよな?」
「その通りだ、大公の罠だという可能性は否定できん」
ソディと大男アクドが頻りに意見を交わす一方で、コアイと若者リュカはそんな彼等を見ながら黙っていた。
「いやしかし、うーん……罠だと、しても……」
大男が分厚い胴体を丸めて知恵を絞る。
その様子を見てか、いつしか老人は口を挟まずに大男を見守っている。その眼は、どこか優しかった。
少しの沈黙の後、大男が口を開いた。
「……王様なら大丈夫なんじゃねえか?」
老人の座る側から、微かに溜息の漏れる音が聞こえる。
「そう思わんか? なあリュカ」
「さあ……」
若者は同意出来ないでいるのか、それとも話を聞いていなかったのか、気の抜けた応えを返すだけだった。
「王様も、そう思ってないのか?」
「それはそうかも知れないがな……私一人では、大公とどのような話をし、どのような条件を求めれば良いのか解らない」
大男に返したそれは、コアイの正直な感想だった。
「かと言って、大公を捕らえて「手を引け」と脅せば良い、というものでもないだろう?」
コアイは老人の側へ向き直しながら言葉を続ける。
「左様ですな、やはり儂は同席せねばなりますまい」
「そして有事の際には、貴殿を守る必要がある……が、そういう戦い方にはあまり自信がない」
敵の動向を察知し、先んじて襲いかかるか……若しくは、コアイ一人であれば守勢に回っても問題はない。だが、特に魔力を持たぬ人間の群れを相手にした場合、周囲の者達を確実に守り抜くことが出来るか……といえば、自信はなかった。
「いや伯父貴だって、魔術はそこそこ使えるだろ」
「あまり年寄りを苛めるもんじゃない、全く」
そうたしなめながらも、老人の目尻はなだらかに下がっていた。
コアイ達の結論は……「三対三で、辺りに隠れ場所のない平原であれば……会談に応じよう」と返答することであった。
こちらはコアイ、ソディ、アクドの三名が出席し、大公側は護衛なり補佐官なりを二名付ければそれで良い。会談の人員を絞りつつ、遮蔽物を利用した急襲を封じることで互いの身の安全を確保しようという提案である。
「こちらの戦力を考えると、少し虫の良い提案ですがな」
老人ソディが書をしたためながら、軽口をこぼす。
「あの男が、条件を飲むかな」
「向こうさんの申し出だから、そのくらいは聞いてくれるんじゃねぇか」
「さて陛下、出来ましたぞ……せめて署名だけは、陛下自らお記しくだされ」
「……よし、書くぞあっ…………」
コアイは書き損じた。
久方ぶりの自筆署名……だが過去においてさえ、コアイはあまり字を書くことがなかった。そのため文書作成をソディに任せたのだが、結局署名すら上手く書けなかった。
「しまった……」
「ま、まあ陛下の認めた書であると示すことが肝心ですから……」
ソディは苦笑しながら、書に封をした。
「あれで大丈夫なのか?」
「さあ……」
「どうしたんだ、リュカ……体調でも悪いのか?」
コアイのちょっとした失敗をよそに、大男はどこかうわの空でいる若者を気遣う。
コアイ達は、村に待機させていた人間の兵を通じて返書を送った……結果、大公は快諾したらしい。
数日後に届いた返書にて、大公はボハル荒野を会談の場として提案してきた。そこで大公と供二人、人間三名と顔を合わせることになった。
各人の心には、平和的な解決の絵図が朧げに浮かんで……いた、らしかった。




