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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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十二 束の間、沁み出すジョウネツ

 コアイは森の間を縫うように均された道の上、馬を進めている。

 ボハル荒野で大公と、妙な男、妙な女……彼等と相対した夜が明け、それからさらに一日半、再び夜が深まった頃。

 コアイは夜空に浮かぶ星々を見上げて、初めて彼女と共に歩いた夜を想い浮かべていた。



 過去の住処から、酒を求めて集落へ……彼女の手を取り、時々ふらつく彼女の支えになりながら歩いた夜。


 あの時、初めて……星空の煌きが美しいという感性を、少し理解できた気がした。手に彼女の熱を感じながら、彼女と同じ煌きを眺めて。

 そして今、それを思い返す胸元に彼女の熱を感じている。



 コアイは少し心浮かされながら、進み続け……


「そこの者、止まれ」

 やがて声を聞いた。それに一拍遅れて、コアイの前方の道に火柱が上がる。

 何者かの魔術であろうが、近くに強い魔力の流れは感じられない。何らかの補助的な機巧(からくり)が仕込まれているのか、若しくは見掛けの派手さに特化した、虚仮威しの魔術なのだろうか。

 どちらにせよ、コアイにはあまり関係がない。


「これより先は、我らエルフの村。そしてこの森は、我らエルフの領域。何の用があってここに居るのか、答えろ」

 森の左手、火柱とは別の方向から短弓を構えた翠魔族(エルフ)の若い男が現れ、無愛想な顔でコアイへ歩み寄ってきた。


「私はコアイ、知らぬか」

 コアイはそう答えつつも、馬を止めない。


「コアイ……様、だと? 証拠はあるのか」

 男は気難しそうな表情を微かにも変えず、弓の構えも解かない。すると


「通さぬぞ!!」

 何処からか大きな叫び声が響き、それに呼応したかのように……コアイの前方に立ち塞がる火柱が大きく噴き上がった!


「魔術……この程度で、私を止められると思うのか」

 火柱が高く熱く勢いを上げようとも、それはコアイを焼き、あるいは傷害し得るほどの魔力ではない。コアイにはそれが解っている。

 だがコアイが跨る馬にとっては、そうではない。


「ブヒヒッ!?」

 馬は勢いを増す炎を恐れてか、震えるように飛び退いていた。


 ……そうか、この馬にとっては脅威の炎か。ならば排除しよう。



「風よ我が刃よ、『突風剣(エアスラッシュ)』」

 コアイは短い詠唱を口にして、起こした風刃を火柱の根元に叩き付けることで鎮火して見せた。


「なっ!? クイルの魔術が、こんなに簡単に……!?」

「あれは、そう強い魔術ではないだろう……それはそうと、お前たちの村長にコアイが来たと伝えろ。併せて、私の見てくれを話せば納得するはずだ」

 コアイはそう吐き捨ててから、馬の脇腹を踵で小突いた。馬はどこかぎこちない歩様で歩き出す。


「……」

 男は無愛想な顔のまま構えを解いて、短弓を背中に背負った。そして小さな足音を立てながら駆け出した。その動きは素早く、いつしかコアイの視界からも消え去っていた。



 コアイは悠然と先へ進む、するとやがて集落が見えた。そして集落の手前には壮年の男が立っている。その男の面構えは、以前に居城で目にしたような姿と映った。


「おお、ご無沙汰しておりますコアイ様。村長のシラでございます」

 やはり、村長はコアイの姿を覚えていたようだ。


「挨拶はいい、馬を乗り換えたいのだが」

「う、馬ですか。申し訳ないのですが……今は母仔しか居りませぬ故、外に出せる馬がおりません」

「ならば私の馬に水と草を与えて休ませてほしい」

 コアイは村長の誘導に従い、村の水場へ向かった。



「ふむ……どこか痛めているような歩様ですね、一日休ませて様子を見たほうがよさそうです」

 村長はコアイを乗せて歩く馬の様子を見て、その変調に気付いたらしい。


「一日……何処か、一人になれる場所は無いか」

 一方コアイは、馬のことよりも、彼女を……もう少し彼女を感じていたくなっていた。


「離れの小屋でもよろしければ、人を遠ざけられますが……」

「それで構わぬ」

 邪魔者のいない場所、それだけで良い。



「汚く散らかった場所で、いささか心苦しいのですが」

「構わぬ、誰も入らず、誰も居なければそれで十分だ」

「朝になったら、食事をお持ちいたしましょう」

「無用だ。それよりも、城のソディ殿へ数日中に戻ると連絡してくれないか」

 粗末な小屋の前でのやり取りののち、村長は退こうと一礼した。


「承知いたしました、では……」


 コアイは村長に案内された小屋に入り、戸を閉めてから小屋の中に誰もいないことを確認する。そうしてから、二人……コアイとスノウの描かれた肖像画を懐から取り出した。


 それに目をやった瞬間から……コアイの心身は、すっかり蕩けてしまっていた。



 コアイは身体を横たえて、肖像画を眺めている。




 私は惚けた頭でぼんやりと、隣にいる彼女を想像する。

 うっすらとした、微かなものであっても……彼女を感じられたとき、私の胸は熱を発する。


 私は、彼女に触れたい。

 私は、それ以上に……彼女に触れられたい。


 そして、それ以上に…………彼女に、存在していて欲しい。


 そう意識すると、胸が、頭が、身体が……全身が熱くなる。熱くなりながら、身体はぞくぞくと震える。

 そして身体の奥のなにかが、彼女の存在を感じたいと叫び出す。彼女に私の存在を感じさせてほしい、そうがなり立ててくる。

 私は()()を感じると、どうにも切なくなる。私にがなり立ててくる()()()も、それを知覚している私も、どちらも……私の身体に切なさを滲み込ませてくるようで。



 けれど、あたたかい。



……………………………………………………………………………………………




 戸を叩く音が聞こえる。


「コアイ様、よろしいですか」

「……どうした」

 コアイは彼女がここに居ないことを実感する、するとひどく冷たい空気を感じた。コアイはそれを意識の外へ押し退けつつ戸外の声に応える。


「アンゲル大公の使者を名乗る人間が、コアイ様への親書を携えている、と言っています……折角なのでご判断いただこうと思い待たせているのですが、どうしましょうか」



 待たせている? それでは私が此処にいると教えているようなものではないか。

 村長の粗忽さに少し呆れながら、コアイは小屋を出た。

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― 新着の感想 ―
[一言] コアイがだんだん思いを募らせていくのがなんだか微笑ましいですね。不安要素がまだ多いけど無事幸せになって欲しい....
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