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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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九 武は萎れどもシをえらべず

「な、なんだよそれ?」

「ほう、判るか」

 『祝祭(クンブ・メーラ)』……平静の守りよりも、もう一段強力な非日常の護り。それをもたらしている波紋(これ)が、この者には見えているらしい。コアイには、それが少し嬉しく思える。


「とりあえず、これを返そう。拾うがいい」

 コアイは指先を軽く囓り、開いた傷から血縄を現出させる。そしてそれを中空の渦に囚われた槍に絡めて、渦から離して地面に落としてやった。

 ヒサシと呼ばれた男は、コアイを見据えながら少しずつ距離を詰める。


「そう警戒することはない、褒美のようなものだ」

 男がどう解釈するかは知らないが、コアイに他意はない。


「ふう……」

 槍の位置まで少しずつ距離を詰めてからそれを拾い上げ、再び構えたところで男は息を漏らす。額からは汗が滴り、男の緊張の程を物語る。


「……余裕かよ」

 穏やかなコアイを前にして男はひとつ舌打ちし、顔を下げ目を細めてコアイを睨む。


「その綺麗なツラ、引っ掻きまくってやんよ」

 男は忌々しげな言葉を吐きながら更に眼を鋭くし、姿勢を低くした。


「俺の全力、そんなに見たきゃ見せてやる」

「ならば見てやろう」

 コアイは男に正対し、様子を見ている。


「……なんつーか、うぜぇ…………」


「ヒサシ殿! 波紋は外向きの流れ、と!」

 別の人間の声、それがきっかけとなり男の足下が抉れる!


「悪業裂け、貫け鬼畜! 撃ち抜け! 『九閃(ノーヴェランポ)』!!」

 コアイへ飛びかかるように間合いを詰めた男が八度刺突を繰り出す、それらは細く鋭い光の筋のようにコアイを狙う。しかしそれらは当然のことのようにコアイを避け、左右へ逸れていく。

 それらが外れて一拍の後、八度の刺突をすべて纏めたかのように太く力強い光の刺突がコアイに襲いかかる!



 コアイの目の前に、槍が浮いている。


「な、なんだよこの手応え……」

 男は槍を前方に突き飛ばしたような体勢で、か細く声を洩らす。

 対してコアイは、(おもむろ)に指の傷痕に意識を向けて、血縄で男を拘束しようと試みるが……


「ヒサシ殿、雷!」

「プ、『追雷(プロッシモ)』!」

 別の人間の、叱咤するような声に従って男が飛び退きながら声を上げる、すると突然雷撃がコアイの目前に浮く槍へと放たれた!




 コアイの目の前に、焦げたような鈍色と異臭を放つ槍が浮いている。

 コアイの護りは、一片(ひとひら)たりとも破れていない。



「そうか、それが貴公の力か」


 悪くはない。だが技巧は感じない、真正面から受けてなんの問題も無い。

 弱くはない。されど『聖域(ブルカン)』に拠る必要を感じさせるほどの奔流ではない。

 それにしても、この風変わりな魔力の質と詠唱、そして……表現のしづらい不快感。これらは一体……



 コアイの心は、男への失望と背後に居るらしき存在への嫌悪感に満たされていた。


 心澱ませるそれらは、吐き出してしまえ。



「それでは届かぬ」

「な、なんで……?」

 コアイは呆然と立ち尽くす男に、貫くような視線を向けた。そうしてから、感情と魔力とを練り交ぜ……詠唱を強く短く、紡ごうとしたとき、女の声とそれに続くような男の声がコアイの意識に伝わってきた。


「いけない! 逃げて!」


「逃げ……!? それなら!」

「神よ、我が鮮血用い給え!」


「これぞ必殺! 『光波(コウハ)』!!」

 コアイはそれらを意識せず、密な詠唱を発する。

 大きく開いたコアイの右掌が、男に向けられ──そのとき、再び声が聞こえた。



「間に合わない! 手札よ 『私に、還りなさい(レランセル)』!!」


「捧ぐ血に限りは無く……」

「神よ、我が身命糧に大宝匿い給え! 『隠匿(ガイバ)』!」

 男の詠唱より少し先に女の声が聞こえ、『光波』に対して垂直に立ちはだかるような光が天より降る……

 それに遅れて、男が詠唱を終えた。



 人の居た位置で直交した光と光が薄れたのち……そこには誰も、人の居た痕跡すらもなかった。


「あ、あれ!? 私は生きて……まさか、し、失敗したのか!?」

 兵の一人──先程からヒサシとやらに何かを伝えていた男が声を震わせながら、強張らせた顔を左右に振っていた。

 が、しばらくしてから空を仰ぎ見た。すると何かを感じ取ったのか、顔を全身を脱力させた。


「ああ、そうでしたか……神よ、感謝いたします」

「どういうことだ? 説明してくれよ」

 膝を落として座り込み、安堵の声を洩らす男に別の兵が問いただす。


「ヒサシ殿は無事だそうです。私の術より先に神が取られ、逃がされたと」

 男は胸に手を当てて、目を閉じながら言った。


「でもよ、それだったら」

「そんなことができるなら、なんで……」

 他の兵達は納得が行かないのか、それぞれ口を尖らせていた。


「言いたいことは何となく分かります、だがそれは……今我々が問うべからざることでしょう。我々は、ただ従うのみ」



 コアイは兵達に目を向けつつ、先の奇妙な声について考えていた。


 あの声は……西方の城市で聞いた声と、同じ……

 あの時闘った女も、今しがた闘った男も、やはり……あの声に導かれていたのだろう。


 何処からか、陰で私を付け狙う存在か。今、あの兵士は「神」と言った……




「何でもいいけどよ、俺たちはどうすりゃいいんだ」

「ありのまま報告するしかないだろう……奴から逃げられれば、だが」

「だな、そんなことは帰ってから考えようや」

 兵達の注目がコアイに向く、それとほぼ同時に……辺りに軽快な騎馬の足音が響いた。


「ぞ増援!? ど、どうすんだ!?」

「待てあわてるな、車を牽く音は聞こえない。騎馬ならおそらく人間だ、それなら敵ではないだろう」

「そうかもしれねえけどよ、多少味方が増えたって……」



 コアイは戸惑う兵達を尻目に、足音が近付く方向に目をやる……するとそこには二騎の姿があった。そのうち一方は、以前に西方の城市で対峙した男──大公の姿をしていた。

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