八 刃ツキ刺さるならば
荒野……日の落ちかけた、生命の匂いに欠けた地に十人ほどの人間が集っている。そして、それを小高い岩の上から見下ろす者がいる。
コアイは騎乗したまま高所に立ち、人間の集団を眺めていた。
人間達は夜営の支度をしているようであった。焚き火を囲み煮炊きをする者、焚き火から火を移して篝火を立てる者、皆よどみなく動き回っている。
あの中に、おそらくあの声に導かれた……強者がいる。
できれば、「敵」と呼べる者であってほしい。
コアイはそう思いながら、別の言葉を呟く。
「灯よ走れ、趣くがままに」
己が魔力を弱く弱く、抑え込みながら。
「熱を語れ、求むがままに」
けして彼等に危害を与えぬように。
「望むがままに、駆けて燃やせ 『猫火』」
詠唱を終えると、コアイの掌に青い火球が形成された。それは人の頭ほどの大きさをしており、術者であるコアイにも高熱を伝えてくる。
まだ少し力加減が甘かったか、と反省しながらコアイは火球を足元に放った。火球は穏やかに地面を転がりながら、重力に従って前方の低地へ落ちていく。
「な、なんだあの光は!?」
火球の向かう先から、人間の叫び声が聞こえる。それに連れて、人間達の視線が火球に向く。
「炎!? 向かって来てる?」
「あわてるな、様子を……ん?」
人間達にも、火球の先に……私の姿が見えただろうか?
コアイには、奇襲を仕掛ける気などさらさら無い。その気であれば、魔力を絞りに絞って『猫火』を放つ必要もなければ、そもそも『猫火』を用いる必要もないのだから。
人間達を殺すだけであれば、ひたすら『光波』を射ち込めば事足りるのだから。
「あ、高台に何か……いるぞ!」
「この方向、あの光を出した術者か!?」
コアイは人間達が己に気付いたと察し、迂回して人間達の野営地へと降りていく。
「そこな人間達よ、私に何の用だ」
コアイは馬蹄の音を響かせながら人間達に近付いて、声を掛けた。
「……お前こそ、何の用だ?」
「あの、青い光を出したのはお前か?」
コアイと相対した人間達は口々に疑問を並べる。
「それより、まずはあの炎を止めねば……あれはゆっくりと近付いて、やがてうぬ等を焼き尽くすぞ」
「炎だと? あんな青い炎があるものか」
「いんや、青い炎ってのは……普通の火より熱いんだぜ」
人間達の奥から、魔力の臭い……荒々しい力を臭わせた男が歩いてきた。コアイはこの男が、例の強者だと直感している。
「貴公が、ヒサ……ヒサ? なる者か」
「俺ぁヒサシってんだ、よろしく」
男は合図をするように右手を上げる。
「んで、一応聞くけど……オメーがコアイってやつなんだよな?」
「……そうだ」
そう答えるコアイの口元は、歪んでいる。
男の発する臭いに、期待を滲ませて。
「反逆者コアイ、本当に来たのか……」
「聞いてた通り、本当に綺麗だな」
「オメーらさぁ、無駄口はいいから俺の槍持って来いよ」
不満げな言葉を吐きながら男は笑っている。
「小手調べだ、まずはあの炎を止めて見せろ」
コアイは向かってくる青い炎……自らの魔術で生み出した炎を指差す。
「なんでそんな指図されなきゃなんねーんだよ、オメー何様だよ」
「……やらねば、周りの人間達が焼け死ぬぞ」
コアイは人間の反応に不快感を抱きつつも、まずは炎に対応するよう仕向ける。
いつしか日は完全に沈み、大の月と篝火が辺りを照らす光となっていた。
そこに割り込んできた不自然な青さをもたらす炎の光を、人間はどのように吹き消すのか。
コアイは男の様子を黙って見ている。
「めんどくせぇな……ふぅ」
男は一息吐いてから、青い炎へ向かい一気に駆け出す。そして少し間の空いた位置で跳躍し、手にした槍の切先を向けて飛び掛かった!
「オラァ!!」
そこには詠唱らしき術も、魔力の高まりも見て取れなかった。
ただ、青い炎が槍に突かれて消え去ったという事実だけが残っていた。
「へっ、準備運動にもなんねえよ」
「……ふむ」
コアイは男に正対する。
「いいのか? 俺には見えてるぜ、オメーの周りに渦巻いてる変なそれが」
「……良い、良いぞ」
コアイは丸腰のまま、少しずつ男との距離を詰めていく。
すると突然、周囲にいた人間の一人が声を上げた。
「ヒサシ殿! 渦の巻いていない部分を狙え、と!」
「オーケー!!」
男が力強く飛び込んでくる、コアイは身構えるでもなく、ただそれを凝視している。
「肉、目の前の肉、とにかく喰い破れ! 『刺突』!!」
男の魔力が急激に高まる、男が一瞬引いた槍をコアイへ突き出すと同時に、魔力が槍先に集中する!
槍は真っ直ぐに、コアイの胸を貫かんと迸る!
しかし。
「良い腕じゃないか」
「!?」
男の槍は、コアイの身体から逸れた向きで空中に固定されていた。
男には、その顛末が見えていた。刺突はコアイの周囲に浮かぶ「渦」をほんの少し抉ったところで逸らされ、「渦」に絡め取られていた。
「僅かだが、この防護を破った……褒美に「次」を見せてやろう。貴公にも、その陰で見ている輩にも」
コアイは不敵な冷笑を隠そうと……しながらも、表情を抑えられないままに呟いた。そうしてから、詠唱を始める。
「三相に分かたれし水よ、和合せよ」
「撹拌されし雫よ、風を補え」
「気液の妙を讃え、湛えよ 『祝祭』」




