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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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六 サガし物はなんですか

 何日の間、ベッドに横たわりあたためられていたのだろうか……



 淡々と戸を叩く音と呼び声が、悶々としたひとときを過ごしていたコアイを現実に引き戻してくる。


「陛下、陛下……よろしいですかな?」

 しゃがれた声と柔らかな物腰は、その主が老人ソディであることを物語る。

 コアイははっと目を見開いて体を起こす。


「入るがいい」

 コアイはそう答えながらベッドを降りて立ちあがる。



 胸に、まだあたたかさを感じる……それは、無理に忘れるべきものではない。

 コアイはそう感じて、顔がゆるんでいることに気が付いた。


「陛下、好い夢でも見られましたかな? 起こしてしまったなら申し訳なく」

 コアイの表情を見てか、老人は申し訳ないと言いながら、どこか優しげな目をしていた。


「いや、気にせずとも良い。用件はなんだ?」

「報告にございます」


 老人が言うには、情報収集のため北東のエミール領に孫の若者リュカを向かわせており、また近々西のタブリス領に甥の大男アクドを行かせるとのことであった。


(わし)も、伝手のある人間の商人に探りを入れています。また、周辺の村々とも密に……」

「それらは貴殿に任せるが、あまり細かな報告は要らぬ」

 コアイは老人に一定の信頼を寄せている。それ故に、そう言った。

 だが老人は少し違う考えのもと、細かな報告をあげたらしい。


「お心を煩わせて申し訳ないのですが、儂の行動はなるべく共有しておきたいのです」

「なにか理由があるのか」

「儂も三百歳が近付いてきました、急に体調を崩すやもしれませんからな」

 そう話す老人の様子は淡々としていたが、その視線は少し寂しげにも映った。コアイにその心境は分からないが、理由があるのなら強く拒むようなことでもない。


「そうか、わかった……私はしばらく、出歩かぬほうが良いな?」

「そうしていただけると助かります」

 特に出歩くつもりはないが、コアイも考えを共有しておこうと言葉にしてみた。



 老人が去った後、コアイは建物内を少し歩き回ることにした。広間や浴室など、あちこちとうろついていると……厨房のある側から野太い声が聞こえてきた。


「おお、美味いな!」


 厨房へ向かってみると、男女二人が何かをしながら話しているようだった。コアイはそのまま厨房へ入ってみる。


「ん? 王様か、厨房に来るなんて珍しいな」

「あら、陛下。何か召し上がられますか?」

 コアイの気配を察した大男アクドが先に声を掛け、侍従めいた女クランが続いた。


「いや、通りかかっただけで空腹ではない。貴様等は食事の準備か?」

 コアイは特に食事の不足を感じていない、思ったままに問いかける。


「ああ、明日から西へ調査に行くって話をしてたら、ちょっと盛り上がってな」

「料理の話になったので、一品でも教えてもらえないかとお願いしたんです」

「人間の領地へ行くんだ、しばらく帰れなくなるかもしれねえ……と思ったら、今日のうちに少しでも教えときたくなってな」

 そう語る二人の側に、料理の乗った皿が置かれていた。皿の上には、葉に包まれた大小様々の塊が並んでいる。


「これは、ドルマー……? いやドルマラ……だったか? そんな感じの名前の料理さ」

「確か……先日西で食べたな。ドルマハと言っていたか」

 それは、国境(くにざかい)に近い西の城市で食べた物とよく似ていた。


「そうそう、それだ」

「アクドさん……相変わらず適当ですね」

 女はそう言いながら大男を見て微笑む。そこに詰るような意思は感じられない。


「あーまあ、名前はともかく作り方は知ってたから、教えながら一緒に作ってみたんだ。そしたら火加減も塩加減も絶妙で、料理もうまいもんだ」

 対して大男は、頭を掻きながら明るく、早口で褒めたたえる。


「エルフ向けに少し食材を変えてるから、人間が作るのとまったく同じってわけじゃねえけどな」

「そうなんですか?」

「つっても大したことじゃねえさ、肉を使わないとか汁気の多い菜を増やすとか、油を加えるとかくらいだ」

 そう早口に語りながら、いつしか大男は胸を張っていた。女はそれを見て、また微笑んだように見える。


「一つ貰おうか」

 コアイは皿から小粒な塊を一つ摘み、口に放り込んでみだ。


「クランさんの発案で葉に塩気を付けてみたんだが、これがまた美味いんだ」

 コアイは何も言わず軽く頷いて、厨房を後にした。


 その料理の味は、コアイには過去の一品と似ているとしか感じられなかった。それよりも、二人を見て……思い出した。



 コアイは厨房から近い、一人になれそうな場所……屋敷の外に出てみた。そして門前で風を受けながら、懐から折り畳まれた肖像画を取り出して……何かを確かめるようにまじまじと、描かれたスノウの笑顔を見つめた。


 それは、変わらないよろこび。



 私は……

 次に彼女と会うときには、どんな宝を用意しておこうか。


 次に彼女と逢うときには、どんな顔をしているだろうか。



 そんなことを考えているコアイの胸は、あたたかく小躍りする。それは初夏の日射しに暖められて吹く風よりも、ずっとやさしかった。





 それからしばらく経つと、幾つかの報せがコアイ達に寄せられた。

 北東、エミール領からの情報を除いて。

エルフの寿命は人間の約五倍という設定です

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