異聞録 一 あいを知るものたち
本部分は、(過去~第三章終了時点での)人物紹介を主な目的とした記述です。
他のキャラや小ネタについても……着手しようかな?
◇コアイ◇
***「魔王」と呼ばれた者***
ドロッティンゴルムと呼ばれる屋敷の、謁見の間に通された私は玉座に着く彼を一目見てから跪き、頭を下げた。
彼、「魔王」コアイは夏の盛りだというのに袖の長い厚手のローブを着込み、白い手袋、更には鉄面を身に着けている。
後に聞いた話だが、彼は平時からこのような服装をしているという。そのため、側近ですら彼の素顔、姿かたちは知らぬのだという……
彼と相対する上で、重要なことがある。
彼を、怒らせてはいけない。
彼を、不快にさせてはいけない。
彼を、操る腹と思われてはいけない。
彼の不興を買ってはいけない。それで私の首が飛ぶだけならまだ良い。
というのも、春先に彼の襲撃を受けて壊滅したポリメラス伯領、その原因がポリメラス伯の嫡男ポマン子爵の無礼だという話だが……
ポマン子爵と話したことはないが、彼は儀式典礼に明るく、また非常に礼儀正しく謙虚な優男という評判だった。その子爵が、よもや「魔王」に無礼を働き惨殺されるなど…………
「私はオービィ男爵ケインと申します。お目にかかり、恐悦至極にございます」
「飾った言葉は要らぬ、用件を言え」
暗く沈んだようでいて、少し高い声が聞こえる。
「……コアイ様の手勢による、我らの村への略奪を止めて頂きたく……陳情のため、参上いたしました」
「知らぬ。私は略奪など指示していない」
まるで他人事のように、少し高い声が否定する。
「おお、それでは……何卒、彼等を退かせていただけませぬか」
「そのようなこと、私は知らぬ」
相応の齢の男にしては、少し高い声が突き放す。
「……え?」
「私は奪えとも、奪うなとも指示していない。それは奴等の意思と力故の行動であろう……それに甘んじるのが嫌なら、お前達も力で抗えば良い」
彼の抑揚の少ない声から想像される冷淡さに、私はどう答えるべきか分からなくなってしまった。
「それだけを言いに来たのか?」
「は……恐縮ながら」
失敗したか……少し粘りのある冷や汗が、額を、背筋を伝う。
「そんなことを言うために、魔力も持たぬ者が一人で、門前に武具も預けて、私の前に出てきたのか?」
「……はい」
最早……なるように、なれ。
「そうか…………貴様の勇は認めよう」
「は……?」
私は思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「は、ははあ、ありがたき幸せ」
私は慌てながら、謝意を伝える。が、それは早合点であった。
「何を言っている? その気概があれば、私の部下達と闘って……生き延びられるだろう」
……結局、私は急ぎ村に戻り村人たちを避難させることになった。
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「魔術の王」コアイ……彼が何を考えて生きていたのか、何を感じて生きていたのか…………私には想像もつかない。
不可解なほどに強力な魔術を意のままに操る、不可解な人物。彼は、余人の理解を超えた「魔術の王」であり、理解しがたき魔性の者……「魔王」だったのだろう。
あの頃を思えば、大陸はどこもずいぶん平和になった。僅かながら、彼と対話できた記憶を誇りに……息子に家督を譲って、旅にでも出てみようか。
~ストックウェル西方侯の書庫の奥底で今も眠っている、「農村再建の父」と呼ばれた人物の日記より~
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コアイは過去より、常に長袖厚手のローブを纏っている。
何故かは本人にも分からないが、コアイは他人に対しみだりに肌を晒すべきでない、という意識を持っていた。気まぐれな一面のあるコアイにしては、頑ななまでに常時長袖のローブと手袋、そして鉄面を身に着けていた。
ただし、スノウに面を外すよう言われて以降は鉄面を外し、素顔を晒すようになる。
コアイは鉄面でも素顔でも、他者から男だと思われることが多い。
それは、この世界の女であれば種族を問わず……魔術の素養に恵まれた女に見られがちな性質に理由がある。今も昔も、この世界の女魔術士は矢面に立たず、陰で暗躍したがる傾向にあるのだ。比較的表に立っている者でも「何か」を使役する魔術を用いたがるなど、とにかく目立つことや直接手を下すことを好まない。
しかし、コアイは戦闘や探訪のために積極的に前線に赴き、それを楽しむ。そんなコアイは女魔術士の例外といえる精神の持ち主だが、それ故に他者からは男として見られてしまうことがままある。その惨白く端麗な素顔を晒しても、強力な反証とはならない。
また現代のコアイにとって最大の関心事は、言うまでもなくスノウの存在である。しかし心のどこかで闘争本能を、また闘う相手の力を出し切り、それを受け切った上で勝とうとする癖を忘れられないでいる。
……彼女を真似て髪を伸ばしたら、男だと思われることも減るのだろうか? とは言え他人にそう思われたところで、特に不都合はないのだが。
彼女がそれを喜ぶなら、そうしようか。
(名のモチーフは、内緒…………)
◇スノウ(眉村 ゆきの)◇
***興味は、あるけれど***
「おはよユッキー、就活どう?」
窓際の席に座るゆきのを見つけた私は、隣の席に着いた。
「だーめ~、無い内定継続ぅ」
ゆきのはそう答えながら机に伏せてしまう。
「まだ総合職こだわってんの? 頭固いって~」
四年生の私たちにとってこの授業は、あと少しの単位埋め兼、学内で顔を合わせるちょいレアな時間。
「あっそうだ、明日ヒマ? 合コンメンバーさがしてんだけど」
「ごめんバイト」
「えっ合コン!? あたしヒマだぞ!」
ゆきのの前に座っていた友達だけが食いついた。悪いけどあんたのキャラは間に合ってるんだよねぇ。
「たまにゃバイトくらいサボれ!? ゆきの可愛いんだから、学生のうちにカレシ作っとかなきゃもったいないよ」
「そうだそうだ、重い女になっちゃうぞ~?」
二人で少しゆきのをイジってみる。
「な~んか、これっ! て出会いがなくてさあ……まー身体は軽いからまだ大丈夫だしっ」
「……その分胸も軽そうだけど」
「ぐぬっ!」
少し顔を赤くしたゆきのが友達をにらみながら、二の腕をつねっていた。
「いだだだだ痛い痛い」
「ンンゥン、ンンッンッ!!」
教室の前側からおっさんの大きい咳払いが聞こえてきた。ちょっと静かにしとこう。
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「やっぱユッキーもったいないなあ」
「あっちゃんの友達みんなイケメンだし優しそうなんだけどね、ときめきがないってかなんつーか、キュンとしないんよ」
今日はゆきのと部屋で二人飲みすることにした。親から送られてきたビールをゆきのに消費してもらうのだ。
まったりダベりながら、適当に飲んでいる。
「キュンとするって、ここが? そんなことあんの?」
軽く小突くように、ゆきのの胸にいたずっらっぽくグーを当ててみる。
「一応……あった」
ゆきのは少し恥ずかしそうにうつむきながら、そうつぶやいた。
「……乙女か」
私にはよくわからん。とりあえす缶ビールを飲み干して、二人分のおかわりを取りに冷蔵庫へ向かう。
……オカンが娘にビールを箱で送ってくるのも割と謎なんだけどね。まだ五月だし、夜は冷えるっての。
まあとりあえずゆきのを呼べば、二人で缶十本以上は飲めるから助かる。私ビール苦手だし、酔っ払いは寝かせとけば静かだし。
「っ……んぅ…………おうサマ~……」
めずらしいな、ゆきのが寝言なんて。
~北川大学四年生 澤井 敦子の日常より~
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眉村ゆきの──コアイのいる世界では、スノウと名乗っている──は、やや幼く可愛らしい外見とそれに反するような大酒飲みであることを除けば、概ね一般的な女子大生である。
特技はビール・発泡酒の銘柄当て。
彼女は何故、コアイの元に召喚されたのだろうか。それは分からないが、現時点で彼女は召喚に関するいくつかの条件に気付いている。
・彼女がコアイに召喚されるのは、なぜか決まって酔い潰れたときである。
・コアイのいる世界で過ごす時間は、地球での経過時間と一致しない。
・彼女が召喚される時、服装と身の回り品がコアイのいる世界に持ち込まれる。
彼女がコアイにどのような感情を抱いているか、それは恋愛経験のないコアイにはうまく読み取れないし、今のところは彼女も形にして伝えることはできないようだ。
ただ確かなことが、一つ……コアイと出逢って以降、彼女の酒量は明らかに増えている。
(名のモチーフは、『ペル○ナ』と『MAJ○R』……SF作家とは関係がない)




