表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
59/313

十九 されどチの先で花枯れて

 コアイは再びスノウの肩に手を添えて、彼女の様子を見続ける。



「王様、俺だ。入ってもいいか?」

 砕けた調子の低い声が、あまり畏まってはいない言葉を届けた。


「入れ」

 この声と口調は大男アクドであろう、コアイは別段気を使うことなく言葉を返した。

 返答を受けて寝室へ入ってきた筋骨隆々の男は、その身体には不釣り合いな小皿を持っている。


「前に言ってた乾酪(カゼス)を仕入れたから、持ってきたぜ」

「彼女が起きたら、食べさせてやりたい」

「そういえば……お嬢ちゃん、大丈夫なのか?」

「顔色が良くなってきた、このまま寝かせてやれば大丈夫だと思う」


 二人はそれ以上言葉を交わさず、他の面子が寝室に集まるのを待った。



「陛下、ソディにございます。宜しいですかな」

 老人ソディのしゃがれた声が聞こえる。


「入るが良い」

 コアイは、先程よりは少し丁寧な応えを返した。応答から一拍おいて、小柄な老人と整った顔立ちの若者が寝室を訪れる。


「揃いましたな、それでは……」

 老人はゆっくりと、自身が想定している今後の戦略、立ち回りについて語り始めた。




「それではおじい様は、人間どもを許せと言うのですか!?」

 一通り話を聞いた後、若者リュカは声を荒げた。その声は若々しい張りに富んでいたが、男声的な太さの欠けた声に聞こえる。


「リュカよ、そうではない。ただ、しばらくは力を蓄えるために辛抱せよ、というだけのこと」

「陛下がおられながら、人間どもを野放しにするなんて」

 若者はきつく顔を歪めている。


「気持ちは分かる、分かるが……」

 大男は悲しそうに眉を下げながらつぶやいた。


「父の、母の、兄や弟の仇を、野放しにしろと!?」

「人間皆が、仇ではなかろう……それに、あの山賊どものうち半分には報復できた」

「お爺様は、それだけで満足なのですか!?」

(わし)の亡き後はお主らに任せるつもりだ。だが今しばらくは、全てのエルフのためにも(こら)えてくれぬか」


「私は…………」

 若者リュカは視線を落とし、黙ってしまった。


「ところで伯父貴(おじき)よ、そう簡単に人間が停戦に応じるのか?」

 次に、アクドが老人に(たず)ねた。


(おど)すのさ、陛下の力を十分に見せつけたあとでな……我らに刃を向ける者は全員殺す、歯向かわねば許すと。こちらにはそれだけの力がある、とよく思い知らせた上でな」


「よくしろく……」

 彼女の寝ている側から、高くか細い声がした。


「欲白く?」

「……寝言だろう、少し具合が良くなったか」

 コアイはそうこぼしながら彼女に目をやる。そのときコアイは、別の視線を感じた。それは強い意識を伴うものだが、敵意や悪意といったものとは違う意識だろうと感じた。

 コアイは視線に、視線を返してみる。その先では、若者が慌てた様子で目を逸らしていた。



「で、それで人間が大人しくなるだろうか?」

「人間も、大抵の者は命を惜しむ。力を以て力を制すのだ」

「んん……?」

 大男は、あまり合点がいかない様子だ。


「……例えばこの辺りで、お前に喧嘩を売るエルフがおるか? おらんだろう? 言うなればそういうことだ」

「ああ、まあ確かにいねぇな……うん、何となくわかったかもしれん」

「……お前はもう少し頭も動かせ」

 老人はそうたしなめながら苦笑する。大男も、同じように苦笑するしかなかった。



 私も、早く彼女と語らいたい。


 苦笑しあう二人の姿を、コアイは少し羨ましく思った。



 穏やかな沈黙が、寝室に広がっていた。

 それは、若者の声に追い払われる。


「これは……」

 若者は机に近付き、そこに置いておいた宝飾品へ目をやっていた。


「ん? ありゃ「沙漠の薔薇」か? ずいぶん白いな」

「ほほう……陛下、お目が高いですなぁ。良き品をお求めなさったようで」

 皆の注目が宝飾品に集まる。そこで若者は、妙なことを願い出た。


「この宝飾……おひとつ、私にいただけませんか」

「リュカ?」

「私は、陛下のお心さえ感じられれば、私は、きっと……どんな苦悩にも耐えられる……」



 この者は、いったい何を言っているのだ。


「断る、何故お前にやらねばならぬ」

 コアイはそう言いながら、思わず若者を睨み付けた。


「それに、それらは私のものではない」

「……ならば、これは」

「それらは……」

 コアイは、添えた手の側へと視線を落とす。


「……すべて彼女のもの」

 それは、コアイにとっては自然で、当然な答え。



「申し訳ありません……失礼します」

 コアイの返答を聞いた若者はしばらく俯いていたが、言葉を搾り出すようにつぶやいた。そして下を向いたまま、足早に寝室を出て行った。


「リュカ……?」



 気まずい沈黙が、寝室に広がっている。

 それを追い払おうと、大男が口を開いた。


「そういえば、エミールで妙な噂を聞いたぜ」

「どのような?」

「この世界にもうすぐ、「勇者」を名乗る救世主が現れる……と、神の預言があったとか」

「「勇者」?」

「その「勇者」とやらが神に導かれて魔王を滅ぼし、再び人の世を取り戻してくれる……んだそうだ」


 神……あまり心地の良い響きではない。



「神、か。人間の言う神とやらは、いつも人間しか見ておられぬのか」

「例の騎兵団が壊滅してからというもの、あの辺りはずいぶん動揺してたらしい……ただの気休めかもしれん、という意見も聞いたがな」


「私も西で似た話を聞いた、またおかしなことを言う女と戦った。人間の神……あり得る話だ」

 コアイは、西の城市での出来事を思い出していた。


「救世主、勇者……そんな連中を倒せれば、人間もたいそう怖じ気付くでしょうな」

「しかし、勝てるのか?」

「心配してくれるのか?」

 大男は無言で、苦笑いを返した。



 闘争……楽しもう。

 しかし、敗れるわけにはいかぬ。

 今の私には、護るべきものがあるのだから。


 勝たねばならぬ激闘の予感に、コアイの心は(おど)っていた。



「んっ……」

 添えた手に力を込めてしまっていたらしい、彼女が(うめ)き声をもらす。


「あ、済まない……」




「では、邪魔者はそろそろ行くとしようか」

 男達は、寝室から立ち去ろうとしている。


「それにしても、リュシアは……」

「ん、どうした」

「あ、い、いや、何でもない、何でもねえよ」

 

本話をもって第三章は終幕となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ