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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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十八 群れ護る者のチを

 コアイは動かない彼女を抱いたまま、寝室へと戻った。そして寝室に入ると()ぐに彼女をベッドに寝かせ、自身は側に腰掛ける。




 苦しそうな彼女を見ると、なにやら胸が苦しくなる。


 私は、彼女を安らげてやりたいのだろうか。

 それとも、己の胸中を安らげたいのだろうか。


 私には、分からなくなる。



 コアイは彼女の肩にそっと、手を置いてみる。



 けれど。

 私は、可愛い彼女に触れていたい。

 そして、元気な彼女に触れられたい。



 それは、私でも分かる。




 コアイは彼女に手を添えたまま、その顔をじっと、見つめ続けている。

 どれ程そうしていたか分からないが、ふと扉を叩く音が聞こえた。


「陛下、陛下……クランです、よろしいですか?」

「入れ」

 部屋の外から女の声がした。コアイは寝室に入るよう促す。

 扉が開き、衣服と水差しを持った女が部屋に入ってきて……器用に扉を閉めた。


「奥方さまのものらしき服をお持ちしました、ついでにお水を」

 女はベッドから離れたところに置かれた椅子に衣服をかけ、それから近くの机に水差しを置いた。


「湯あたりでも悪酔いでも、お水が必よ……あ、杯を忘れてきちゃいました」

 クランは苦笑している。


「この際、そのまま飲ませても良かろう」

「すみません」

 コアイは一旦彼女の身体を起こし、水差しの注ぎ口を彼女の口に付けた。そして水を流し込み、彼女に飲ませようとした……その多くは口外に(あふ)れ出していたが。


「んぅ」

 彼女は水を感じてか、微かに唸り声を上げた。その表情に変わりはない。


「しばらく様子を見るのがよさそうですね、では失礼いたします」

 そう言って女が退出する頃に、別の来客が寝室を訪れていた。


「あら、ソディ様」

「おやおや、こんなところで何を?」

「陛下にお届けものをして、戻るところです」



「陛下、お話したき儀があるのですが……よろしいですかな?」

「ここでも良いなら、私は構わぬ」

 今のコアイにとって一番の関心事は、隣で横たわる彼女の具合である。今は、彼女を()ていられればそれで良い。


「承知いたしました、では失礼いたします」

 女と入れ替わるように、老人ソディが寝室に入る。


「ちょうど良い、私も貴殿に()きたいことがある」

「では……お先にどうぞ、陛下」



 コアイは彼女の肩に手を添えたまま、ソディに(たず)ねた。


「貴殿は……人間を皆殺しにすべきだと思うか?」


(わし)も人間に恨みはありますが、率直に申せば……人間全てを殺すべきとは思っておりません。それに」

「それに?」

「今は、人間共との争いを早めに切り上げるのが得策と考えております」

 老人は、人間と停戦すべきと言う。


「儂の考えを、しばしお聞きいただけますかな」

 コアイは軽く(うなず)き、老人の言に耳を傾ける。


「儂は……陛下のお力を盾に人間を(おど)し、一旦休戦を約すべきと考えておるのです」

「可能であれば旧領の割譲も求めたいですが、まずは休戦し相互の不可侵を定めることが優先かと」


「そして、休戦している間に軍備を整え、財を蓄え、エルフを殖やし……十年、いや数十年かけてでも、陛下に頼らず身を守れる程度の力を付ける」

「……その後は、陛下の御力をお借りし人間共を倒すもよし、奴らを捨て置いて平穏に暮らすもよし……その決は、陛下と次の世代に(ゆだ)ねましょう。その時には、儂はまあ生きてはおらんでしょうからな」

 最後に調子を軽くして、老人は一旦口を止めた。


「今は攻め時でない、というのは何故だ」

「仮に陛下が人間側の都市へ攻め寄せ全力で闘ったとしても、逃げ隠れる者、地下に潜る者共まで殲滅(せんめつ)することは難しいかと存じます。そして、その者共が陛下のご不在時を狙って攻めてきたとしたら……おそらく、こちらが不利でしょう」


 確かに、あの時も何人かには逃げられている。奴等の小狡(こずる)さは、侮れない。


 コアイは先日衝突した襲撃者の一団を思い浮かべていた。


「陛下はけして敗れぬでしょうが、我らは滅ぶやも知れません」


 それは、彼女も望まないだろう。コアイはそう推測する。


「頭数を揃えられさえすれば、人間とも戦えると考えますが……今はまだ難しいでしょう」

「危険を冒すよりは、程々に勝ったところで従わせるのが上策かと」


「それに人間も、商売相手とする分には存外悪くないものです。陛下も、西方で実感なされたかと存じます」


 確かに、人間は使いようなのかもしれない。



「今後は小競り合いをしつつ、機を見て……よい頃合いになったところで、伝のある貴族を使って休戦交渉の場を設けさせるつもりです」

「陛下がこの方針をお認めくださるならば、リュカとアクドにも話しておきたく存じます」


 コアイには、気がかりがあった。


「先日立ち寄った翠魔族の村……彼等は人間を殺すことを喜んでいた。彼等は、貴殿の計に納得するのか」

 あの村の者達は人間への敵意に染まり、人間への加虐を楽しんでいた……コアイの目にはそう映っていた。


「そのように急進的な主張があることは、承知しております。が、何とか説き伏せるつもりです」

「そうか、ならば……それらは貴殿に任せる」


「……ありがとうございます」

 老人は深く、深く頭を下げた。


「早速、リュカとアクドにも話したく存じます。ここに呼んでもようございますか」

「ああ」

(かたじけ)ない、ではしばらくお待ちくだされ」


 老人はその顔に謹厳(きんげん)な雰囲気を漂わせながら、コアイに背を向け退出した。



 コアイは、会談の間も常に彼女の肩から手を離さなかったこと、その肩が動かなかったことに気付いた。そこで彼女の顔に視線を移すと、先程より少しだけ顔色が良くなったように見えた。

 それを見てコアイは少し安堵し、そこで不意に……彼女への贈り物の存在を思い出した。


 コアイは少しだけ彼女から手を離し、懐に忍ばせていた宝飾品を二つ、近くの机に並べておいた。

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