十六 ヌクモリ護るものは
人間との国境に最も近い翠魔族の村の端で、コアイは人間達が捕らえられている姿を見た。
コアイは村へ案内してくれた若者と共に、そこへ向かう。
村の広場らしき場所で、数人の人間が一人ずつ杭に縛り付けられている。それを囲む翠魔族のうちの一人が声を掛けていた。
「お前の仲間、あの矢を手にかすらせただけで死んだぞ。森であんな猛毒を使うなんて」
コアイは彼等のやり取りを聞きながら近付いていく。
「毒? お、おまえらだって……痺れ薬のような毒矢を使ってただろうが」
「あれは呪い矢だ、それも一時的に動きが鈍る程度のな」
「なんだと? おまえらがあんな強力な付呪を扱えるのか?」
「村の魔術士を、ずいぶんナメてくれたもんだね」
「そんな情報聞いたことがないぞ……ここの代官は何を見張ってたんだ……」
人間達はその状況もあってか、少し狼狽えがちな者が多いように見える。
「アルマリック伯め……いや、今更繰り言を並べても始まらぬ」
「くっ、殺したくば殺せ……」
「もういいよ、ああも言ってるし早く殺っちゃおう!?」
「そうだそうだ! たっぷりいたぶって、殺せ!」
群衆の熱、暗い欲求は一向に収まる気配がない。
「村長、どうします? そろそろ……」
「うむ、もう少し待て……先程シムレンから報告があった、コアイ様がこちらへ向かっているとな」
「え? なぜコアイ様だとわかるんです?」
「コアイ様って、前に聞いた新しい王様……でしたっけ?」
「そういうことになるか」
コアイが若者を伴って群衆の輪に着いた。
「お!? おお、お久しゅうございます。私はこのバルジュ村で村長をしております、城でお目にかかって以来ですな」
「やっぱり王様だったか、よかった」
「よくコアイ様だと分かったな、ジルチよ」
コアイは翠魔族達に尋ねてみる。
「こ奴等は、どうするのだ」
「この人間共は許可なく我らの森に侵入したのみならず、猛毒を使い森を穢しました。殺すより他にありません」
「猛毒とは?」
「これです、人間が使っていた矢のようですが……」
人間と問答していた翠魔族の男が手に布に乗せ、その上に赤茶色の小さな矢を乗せて見せてきた。
「これ、物をお渡しするなら跪きくらいせんか……礼儀知らずで申し訳ありません」
「良い、それよりこ奴等がこれを持っていたのか」
小さな矢は、自領に入る前に見たものの一つと同じものであった。
「はい、この矢の先端に猛毒が塗られています」
男は布ごと矢を握り、先端だけを飛び出させて人間の一人に歩み寄る。
「この通り……」
男が人間の身体、皮膚の露出した部分を軽く突いて傷を付けた。その前後で人間は顔を強張らせていたが、直ぐに身体をビクンと振るわせて脱力した。
「こんなものを森で使い、捨て置くなんてとても許せません」
「……そうか、これなら当てさえすれば私を殺せる。そう踏んだのか」
コアイは人間達に近付きながら笑った。人間はコアイの問いかけに答えない。
「残念だが、こんなものでは届かぬ。で、誰に頼まれたのだ?」
「で、ではこの人間達は、王様を狙っていたのですか!?」
「いや、訊くまでもない。人間の道具、人間の毒……だが素直に答えるなら、生かしてやろうか?」
なおも人間は口をつぐむ。彼等の忠実そうな姿に、コアイは少し満たされた。
「……あまり苦しまぬように、殺してやれ」
「コアイ様のお望みならば、そうします」
「もう俺たちは、人間の奴隷でも家畜でもねえんだ! 加減も情けもいらねえ!」
「私たちを苦しめてきた人間なんて、みんな死ねばいいんだ!」
「森を穢す人間め、死んで償え!」
「人間なんか、死んで、殺して当たり前だ!」
コアイは翠魔族の輪から少し離れて、一人遠巻きに処刑の様子を眺めていた。
コアイには、彼等の叫びが時折「人間だから殺す、人間故に殺す」という主張に聞こえていた。
人間だから殺す、人間故に殺す。
……翠魔族として、相手が人間であることを殺す理由にするのは、正しい。
本当に、そうなのか?
人間であることを理由に人間を殺そうとするこの者達は……いつか、人間であることを理由に、彼女をも除こうとするのではないか?
コアイの心に、わずかな懸念が芽生える。
もしも、そうなるならば。私は。
私は、彼女のために。
「乗れるほど大きな馬は村にはおりません、車を牽かせることはできましょうが」
「そうか、それなら要らぬ。ここから歩いて城まで戻ると、城のソディ殿に連絡せよ」
「承知いたしました、ところで今日は休んでいかれますか?」
「不要だ、さらばだ」
コアイは村落の明かりを背にしながら、再び東へと歩いていく。




