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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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十六 ヌクモリ護るものは

 人間との国境(くにざかい)に最も近い翠魔族(エルフ)の村の端で、コアイは人間達が捕らえられている姿を見た。

 コアイは村へ案内してくれた若者と共に、そこへ向かう。



 村の広場らしき場所で、数人の人間が一人ずつ杭に縛り付けられている。それを囲む翠魔族(エルフ)のうちの一人が声を掛けていた。

「お前の仲間、あの矢を手にかすらせただけで死んだぞ。森であんな猛毒を使うなんて」


 コアイは彼等のやり取りを聞きながら近付いていく。


「毒? お、おまえらだって……(しび)れ薬のような毒矢を使ってただろうが」

「あれは(まじな)い矢だ、それも一時的に動きが鈍る程度のな」


「なんだと? おまえらがあんな強力な付呪(アサイン)を扱えるのか?」

「村の魔術士を、ずいぶんナメてくれたもんだね」

「そんな情報聞いたことがないぞ……ここの代官は何を見張ってたんだ……」

 人間達はその状況もあってか、少し狼狽(うろた)えがちな者が多いように見える。


「アルマリック伯め……いや、今更繰り言を並べても始まらぬ」

「くっ、殺したくば殺せ……」


「もういいよ、ああも言ってるし早く()っちゃおう!?」

「そうだそうだ! たっぷりいたぶって、殺せ!」

 群衆の熱、暗い欲求は一向に収まる気配がない。


「村長、どうします? そろそろ……」

「うむ、もう少し待て……先程シムレンから報告があった、コアイ様がこちらへ向かっているとな」


「え? なぜコアイ様だとわかるんです?」

「コアイ様って、前に聞いた新しい王様……でしたっけ?」



「そういうことになるか」

 コアイが若者を伴って群衆の輪に着いた。


「お!? おお、お久しゅうございます。私はこのバルジュ村で村長をしております、城でお目にかかって以来ですな」

「やっぱり王様だったか、よかった」

「よくコアイ様だと分かったな、ジルチよ」


 コアイは翠魔族(エルフ)達に尋ねてみる。


「こ奴等は、どうするのだ」

「この人間共は許可なく我らの森に侵入したのみならず、猛毒を使い森を(けが)しました。殺すより他にありません」

「猛毒とは?」

「これです、人間が使っていた矢のようですが……」

 人間と問答していた翠魔族(エルフ)の男が手に布に乗せ、その上に赤茶色の小さな矢を乗せて見せてきた。


「これ、物をお渡しするなら(ひざまず)きくらいせんか……礼儀知らずで申し訳ありません」

「良い、それよりこ奴等がこれを持っていたのか」

 小さな矢は、自領に入る前に見たものの一つと同じものであった。


「はい、この矢の先端に猛毒が塗られています」

 男は布ごと矢を握り、先端だけを飛び出させて人間の一人に歩み寄る。


「この通り……」

 男が人間の身体、皮膚の露出した部分を軽く突いて傷を付けた。その前後で人間は顔を強張らせていたが、直ぐに身体をビクンと振るわせて脱力した。


「こんなものを森で使い、捨て置くなんてとても許せません」


「……そうか、これなら当てさえすれば私を殺せる。そう踏んだのか」

 コアイは人間達に近付きながら笑った。人間はコアイの問いかけに答えない。


「残念だが、こんなものでは届かぬ。で、誰に頼まれたのだ?」

「で、ではこの人間達は、王様を狙っていたのですか!?」

「いや、()くまでもない。人間の道具、人間の毒……だが素直に答えるなら、生かしてやろうか?」

 なおも人間は口をつぐむ。彼等の忠実そうな姿に、コアイは少し満たされた。


「……あまり苦しまぬように、殺してやれ」

「コアイ様のお望みならば、そうします」




「もう俺たちは、人間の奴隷でも家畜でもねえんだ! 加減も情けもいらねえ!」

「私たちを苦しめてきた人間なんて、みんな死ねばいいんだ!」

「森を穢す人間め、死んで償え!」

「人間なんか、死んで、殺して当たり前だ!」


 コアイは翠魔族(エルフ)の輪から少し離れて、一人遠巻きに処刑の様子を眺めていた。


 コアイには、彼等の叫びが時折「人間だから殺す、人間故に殺す」という主張に聞こえていた。



 人間だから殺す、人間故に殺す。

 ……翠魔族(エルフ)として、相手が人間であることを殺す理由にするのは、正しい。



 本当に、そうなのか?


 人間であることを理由に人間を殺そうとするこの者達は……いつか、人間であることを理由に、彼女をも除こうとするのではないか?



 コアイの心に、わずかな懸念が芽生える。


 もしも、そうなるならば。私は。

 私は、彼女のために。





「乗れるほど大きな馬は村にはおりません、車を()かせることはできましょうが」

「そうか、それなら要らぬ。ここから歩いて城まで戻ると、城のソディ殿に連絡せよ」

「承知いたしました、ところで今日は休んでいかれますか?」

「不要だ、さらばだ」



 コアイは村落の明かりを背にしながら、再び東へと歩いていく。


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