十三 ヒトの思い、魔王のオモい、人斃れて
この辺りに馬を繋いでいたはずだったが……居なくなってしまった。
帰るにしろ、人間の兵を追うにしろ、馬が居らぬのでは不便だな……
そう考えたコアイの耳に、馬……多数の騎馬の足音が聞こえた。コアイがその方向に振り向くと、騎馬達はコアイに向いて駆け出してきた。
コアイは棒立ちのまま、彼等が近付くのを待ってみる。
「あれが、反逆者コアイか?」
「はっ、大公殿下」
騎馬達はコアイから少し間合いを取って足を止めた。その後、騎馬達の前列中央、彼等を率いるような位置にいた豪奢な装いの男がコアイの名を口にする。
「ふむ、聞いていた通りの……いや、それ以上の美しさだな」
「……それがどうした」
「寝室に侍らせたいほどだ、そして……フフッ」
大公殿下と呼ばれた威厳ある顔つきの男は、冗談とも本気ともつかない言葉を並べる。
「この美しき魔術士が、反逆者コアイ……」
「お前達は、私と闘いたいのか?」
「ぶっ、無礼な!?」
大公は横で怒声を上げた男を制しつつ語り始めた。
「問題はそこだ、そこなんだ」
「お主が辺境騎士団程度の戦力であれば、多数のカネと犠牲を出してでも討ち取るつもりでいた」
「我が勢威を示すとともに、旧アルマリック領を得ておく良い機会だからな」
大公はそう話しながら、ジロジロと品定めするような目でコアイを見つめてくる。
「我々にも立場なりの事情があってな」
「こんな所で、そのようなことをべらべらと喋って良いのか」
「無論、問題のない場で、問題のない程度の話しかしておらんよ」
「しかしだ、そもそも、惰弱なアルマリック伯が相手とはいえ……辺境騎士団程度が一国一城を陥とせるものだろうか?」
「王国最強の騎兵隊の一角と目される騎士団が、エミールの南で壊滅した……そういう情報も入ってきている」
「どうにも、評価が難しい……と思案していたところに、坊主共が妙な相談を持ちかけてきた」
大公はつらつらと流れるように話し続ける。
「と思いきや突然お主が現れたと聞いて、一度この目で見てみようと手飼いの兵だけ連れて来てみたら……この有り様だ」
そう言いながら大公は右手を外向きに振り、顔も同じ側へ向けた。
「随分な暴れっぷりよ」
「私は信心深くはないが、あれは本当に御使からの預言なのかもしれぬな」
「なれば、預言に従ってみるべきかとも思うのだ」
周辺を荒らしたのは、私ではないのだが……
「……お喋りだな」
コアイは長々と話し続ける大公の様子を、ただ見ていた。
「お主が聞いてくれているからな」
「ならば今すぐ、闘おうか?」
「……どうやら、話の通じぬ相手という訳ではなさそうだ」
大公の思わせぶりで掴みどころのない態度に、コアイは少し反感を抱いた。
「反逆者コアイよ、お主は……何を求めている?」
大公はそう問い掛けながら下馬していた。それを見た周囲の兵は、少し遅れて続々と下馬し、跪く。
「私に刃向かう者、私のものを傷付ける者、それらを殺すだけだ」
「その先だ、お主は何を欲して人を……我等が国と争うのか」
「……それは、お前達に言えることではない」
それは、彼女のためだから。
「言えぬ、か。ならば質問の仕方を変えよう」
大公は少し間を置いてから、訊き直した。
「お主の目的は、我等が国の簒奪、あるいは断滅、か?」
それは、コアイにはわからない。
コアイは考えてみる。
彼女の希望は、どのような世界の姿だろうか?
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「……そなたは、それを私に望むのか?」
「ん~、なるべく……助けてあげてほしいかなって」
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そうだ、そうだった。
彼女は「助けてあげて」と言ったのだ。
ただ、あの老人達を助けてやって欲しい、と…………
「お前達が逆らわぬ限り、人間を滅ぼすつもりはない」
コアイは、一つの答えを明かした。
「そうか、良い答えを聞けた」
大公は厳つい顔を少しだけ緩める。
「何故か分からんが、何となく……お主の言葉には嘘が無い気がする」
「此度は退くとしよう」
豪華な衣装をきらめかせながら、大公は再び馬に乗った。
「大公殿下、僭越ながら!」
「どうした」
「敵と出会しながら何もせず背を向けるは、恥辱!」
「畏れ多くも我ら、一戦を所望するなり!」
大公の周囲にいた兵達のうち数名が、コアイとの戦闘を求めた。
「……はあ、わかったわかった。希望する者は前に進み出ろ。それで、宜しいかな?」
「そうだな、私が勝ったら……馬を一頭呉れないか」
大公は黙ったまま頷いた。
「反逆者め、我が正義の刃を受けよ!」
「参る!」
「神の名に於いて、血の裁きを!」
数十名の兵がめいめいに叫びながら、コアイへ襲いかかる。
結果大公達は、馬を一頭置いて城市から北西へ去って行った。
コアイもまた、東に向かい城市を発った。




