八 キラメキさがし 西へ
川沿いにしばらく北上すると、川に幅の広い橋が掛かっているのが見えた。
そしてその先には、柵のようなもので囲われた城市らしき建造物がある。
更に橋へ近付くと、その西側のほとりに兵士らしき装いをした男が立っていた。男はコアイに気が付いたのか、コアイの顔を見ながら数歩ほど歩み寄ってくる。
「おや、逃げ遅れかい?」
男は気さくな調子で、コアイに声を掛けてきた。しかしコアイはその言葉の意味が分からず、黙っていた。
「まあいいか、あんたが例の魔術士でないなら、早くこっちに来たほうがいいぞ」
男は人間らしく、じっとコアイの顔を見ているが、どうやら橋を塞ごうという意志はないらしい。コアイは橋を渡り、タブリス伯領へと踏み入った。
「今頃逃げてくるなんて……森か山にでも入ってたのか? まあともかく、街で少し休んでくといい」
「そうか」
コアイは言葉少なに応え、男の横を通り過ぎた。
男はコアイの去り際も、その横顔を見ていたようだが……結局何も言わなかった。
馬を歩かせながら地図を確認すると、どうやらこの城市はメルーフという名らしい。コアイは地図をしまうと馬を軽く駆けさせ、城市へ入ろうとした。
すると、柵の内側で農作業をしていた老婆がコアイに声を掛けた。
「兄ちゃん、馬はここらに繋いで、街中へは歩いていきな」
拒む理由も特にない。別段不快に感じなかったコアイは柵に馬を繋いでからその内側を歩いて通り、やがて大きく開かれた城門をくぐった。
大抵の人間には、私は人間の男に見えるのだろうか……
そんな疑問を抱きながら市街地へ入ったコアイだったが、それより人の疎らなことが気になった。城門に繋がる通りは広く整備されていたが、そこを行き交う人は少ない。
コアイは辺りを見回しながら、通りを歩いてみることにした。すると通り沿いの建物の辺りから、少し枯れた声が聞こえてきた。
「お兄さん、そこのキレイなお兄さん! お昼ごはんがまだなら、寄ってってよ!」
声こそ少し枯れていたが、その調子はスノウのものに似ている。コアイはそう感じて、少し好ましく思った。
「食事か」
コアイは誘われる声のまま、建物へ入ってみることにした。
「よかった、今日一人めのお客だよ……」
女は、コアイを案内しながらそう漏らした。
「おいアビー、そんな事言ったらお客さんが不安がるだろ」
店の奥から張りのある太い声が響く。
「ひゃあエルフ耳」
「さて、ご注文は?」
女は着席したコアイに尋ねる。
「……任せる、美味いものをくれ」
「かしこまりました! お待ちくださいね」
女は一旦店の奥へ引っ込んでから、再び外へ出ていった。コアイは女を追って外へ出て、話し掛けてみる。
「この街は人が少ないのか」
「え、ああ、お兄さんかあ。普段はもっと多いよ」
「今、東の反乱の討伐軍が、プフル城に大勢集まってるのよ。だから皆そっちで商売しようって出てっちゃったみたい」
「今回はかなり大がかりで、民兵もどんどん集めてるらしいの。それでそっちに行っちゃった男もたくさんいる。もしかしてお兄さんも?」
「いや、そのつもりはない」
「そっか……あ、そろそろ準備できそうかな」
二人は店内へ戻った。
「お待ちどおさま、ダースのおすすめ一つ!」
コアイの前に、大皿に乗せた料理が供された。
皿の上では葉に包まれた大小様々の塊がもうもうと湯気を上げている、コアイは塊を切り分けながら食べてみる。
やはり、私には食物の良し悪しがあまり分からない。
ただ、少なくとも不快な味、匂いではない。
……名前と外見くらいは、覚えておこうか。
「これは、何という名だ」
「美味しかった? これはドルマハと言って、西のカーデス辺りの料理なんですって」
返答を聞きながら、コアイは革袋から銀貨を一枚取り出しテーブルに置いた。
「あ、お釣りを持ってくるね」
コアイは不足してはいないと考え、店の奥へ向かった女を待たずに店を立ち去った。
コアイは馬を西へ歩かせながら、地図を眺める。
今はタブリス領の東側、川沿いのメルーフにいる。ここから西にある城市を一つ挟んでその更に西側に、領内第二の城プフル城があるという。地図にはそれらの位置関係と共に、兵が集うのはこのプフル城であろう、とも記されていた。
コアイは中間の城市には立ち寄らず、真っ直ぐプフル城へ向かうことにした。
草木もまばらな荒れ地、柔らかな草の茂った丘、むき出しの岩が切り立つ山沿いの道……点在する水場で馬を休ませながら、自身は眠ることなく西へ西へと駆けて二日。
コアイは、大きな城市を望む山の中腹にいた。
地図を見ると、プフル城の南北に山が描かれている。どうも道を間違えたらしいが、見渡す風景から眼下の城市がプフル城ではないかと思われた。
城市の様子を注視すると、城壁があり、その外側に柵が設けられているのは先のメルーフと同様の造りである。メルーフと異なるのは全体的な広さと、柵の外側に天幕らしき数多くの営地が設けられている点だった。
この城は、南北の山を利用することでとても守り易くなるという。
しかしそれは、魔術を考慮していない見方である。少なくとも今山中に在るコアイにとっては、手頃な魔術の的である……
だがコアイは、一度城市を訪ねることに決めていた。
人が多ければ、商いが盛んになるらしい。
商いが盛んなら、彼女への贈り物がきっと見付かる。
コアイは下山し、プフル城を目指す。すると、城市に近付くにつれて、以前に触れたものとよく似た魔力が天幕の一つから漂っているのを感じた。




