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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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六 花もてココロ慰められれば

 静かな湖に(たたず)む城の内部から、発った時と同じような穏やかさを感じられた。


「はあ……とりあえず寝るかな」

 そう(こぼ)しながら去っていく大男を見送ってから、コアイも寝室へ向かう。



 寝室には、誰もいない。


 誰もいないが、それでも知らない場所で野宿するよりはあたたかかった。

 そこに彼女の温もりは残っていない筈だったが、それでもコアイはあたたかく感じた。


 ここは、彼女がいたところ。



 コアイはベッドの上で(うずくま)って、いつしか眠っていた。しかし、寝室の扉から届く控えめな声で目を覚ます。

「陛下、陛下……」


「何用だ」

 コアイが返答しながら扉を開くと、そこには帰城時に会った娘が立っていた。


「湯浴みの準備をいたしました、よろしければ……それとも、お酒をお持ちしましょうか」



 別に、独りで飲みたいわけではない。



「ならば、風呂に入ることにする」

「かしこまりました」


 コアイは寝室を出る前に一旦扉を閉め、懐から厚紙を取り出した。

 そこに描かれたスノウの笑顔を一度だけ、見つめた。


 そして脱衣所へ進みローブを脱いだ時、それをもう一度、見つめた。



 今日の湯の中にあっても、見上げるべき、触れるべき彼女は居ない。

 それでも、彼女がそこにいたことを思い返すと、やはり少しだけあたたかかった。



 コアイは湯に浸かりながら、脱衣所の辺りに気配────魔力の漏れを感じた。が、コアイにとってそれは彼女の思い出を消すほどの意義を持たぬ、些細な気配でしかなかった。


 コアイは微かな物足りなさを感じながら浴室を出て、ローブを(まと)った。



「陛下、陛下」

 老人の声が、寝室へ戻ろうと歩くコアイを呼び止めた。


「貴殿か、どうしたのだ」

「急ぎお伝えすべき報せを得ましたぞ」

「戦か?」


 コアイは、数日中に戦闘にならないようなら、一度彼女を喚びたいと考えていた。

 早く、彼女に逢いたかった。



「陛下のご期待通り、戦になりそうですぞ。人間どもが、西に兵を集めんとしておるようです」

「貴殿には解るのか」

 コアイにとって、それは待ち望んでいるという程のものでもないが、けして悪い話でもない。


「ここで長話もなんですな、広間へお越しください」

 コアイはそう言って去っていく老人を見送ってから、広間へ向かった。



 コアイが広間に入ると、老人が下座に着いており娘が二人分の飲み物を運んでいた。


「昨日、タブリスに居る下請けの商人達から大量の(ホルド)と干し肉、それと空き樽を注文されたと聞きましてな。今朝早くに融通してやったところなのです、と言っても肉は人間の商人に頼んだだけですが」

 コアイは供された酒らしき飲み物には口を付けず、老人ソディの言に耳を傾ける。


「麦や干し肉は糧食として、樽は飲み水を運ぶために必要です」


「しかし、タブリスから北、あるいは西へ向かうならば河が多く水には困りません」


「東、すなわちこちらへ向かうにしても数百人程度の移動であれば、道中の小川や泉、湧き水で事足ります……なればその数と、その目的は」

「南に向かうという可能性は無いのか」

「失礼ですが、それは考えにくいでしょう。タブリスの南は、ただ森が拡がるのみ。近頃は森の探索も少なくなったと聞いております」

 コアイは、この辺りの南方に拡がる大森林とその先の山脈の存在を失念していたことに気付いた。


「恐らく、数千から万に近い軍勢が集められるでしょう。陛下、ご用意は如何ですかな」

「……私は、問題ない」

 そう答えながら、コアイは内心少しさみしかった。


「陛下、いつもの甘ワイン(オペ)ですが……お気に召しませぬか」

「いや、今は要らぬ」

「なれば、お先に失礼して……」

 老人はゆっくり杯に手を伸ばし、口を付けた。そして一拍置いて、心地良さそうな溜息を漏らす。


「おっと、失礼いたしました。さて、問題はどこで人間どもを迎え撃つか……でしょうな」

「城外の林道か、国境だろうか?」

「もし城近くまで攻め寄せさせるなら、道中の村々に退避の指示を出しましょう」

 コアイにとっては、どちらでも良かった。


「生き延びてさえくれれば、後の暮らしの補償は商会の備蓄で(まかな)えると思います」

「……いや、いっそこちらから西の城まで攻め寄せよう」

 口にしたのは、ふとした思い付きだった。


「こちらで待ち構えて、兵が攻めて来なければ退屈だ。こちらから攻めて、兵が集っていれば良し。兵が居なければ……適当に暴れてから帰ってくる」

 思い付きだったが、暇潰しにはなるだろう。そう考えると、名案ではないかとコアイは感じた。


「なるほど承知いたしました、陛下なら心配はありますまい」


「ところで、道案内は必要ですかな」

「あの男はここに残した方が良いと思う。北の兵団の生き残りが妙な動きをするかもしれぬ」

「そういえば、プレスター団と決闘なさったそうで」

 老人はそこまで言ってから、再び酒に手を伸ばした。


「どの将をお討ちになったか、覚えておいでですか」

「適当に数を減らしたから、良く分からない。団長を名乗る男と副官らしき者が自裁したのは覚えている」

 コアイにとってそれらは、深く思い出せるほどの戦闘(きおく)ではない。


「団長と副官……シャーガー子爵とモスボロー男爵でしょうか」

「モスボロー……その名は聞いたような気がする、後でアクドに聞いてみてくれないか」

 コアイもとりあえず、杯に口を付けてみる。


「そういえば、なかなかの剣士と魔術士がいたな。名は覚えていないが」

「ふむ……その者等が、(わし)の予想通りであれば幸いですなあ」

 老人は杯を干す。


「王都の騎士試合(トーナメント)でも最上位の実力を誇るクレイグとサイモン、そして名うての軍略家二名を除けたならば……」


「そしてそれを成したのが、儂の戴いた陛下……天の配剤とはこのことか、堪りませんなぁ…………」

 老人は遠い目をして惚けている、コアイは特に声を掛けず放っておいた。



「っはっ!? ……失礼致しました、この辺りとタブリス伯領の地図を用意いたしましょう」

「ああ、できれば……道中の名所だとか、名産品なども記しておいてほしい」

「は、はぁ……? 一日頂ければ、追記いたしますが」



 ひと暴れするついでに、彼女が喜びそうなものを見つけよう。



 コアイはそう期待していた。


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