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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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五 カエリ咲く花、散る華、

 多くの生命が死に絶えた平原、その死臭の中心に駆け付ける騎士の姿があった。


「嫌な予感がして来てみたが、これ程とは……」

 騎士は疲れ果てたような口調で独り言を(こぼ)す。その声は、先に聞こえた歌声と同じ濁りを含んでいた。


「サイモン、クレイグ……あたら強者たちを、若者たちを、死なせてしまった」


「サイモンたちだけではない、多くの兵たちをも死なせてしまった」

 騎士は独り言を(つぶや)きながら、兜を脱ぎ捨てる。



 やがて騎士はコアイ達の前に進み出て、下馬したのち(ひざまず)いて言った。

「お初に拝眉(はいび)いたす、私はプレスター団を束ねる、いや……束ねていた、ジェレミー・シャーガーと申す」


「略式ではあるが、せめて……勇敢に闘った兵たちを弔いたい。許していただけぬか」

 騎士は兵達の葬送を願い出た。それは半ば、降伏を意味していたのかもしれない。


「どうする、王様」

 大男アクドはコアイに返答を促したが、コアイは団長を名乗る騎士の眼だけに意識を向けていた。

 騎士の眼がどこか優しく見えて、コアイは何も言わずにいた。



 騎士は、沈黙を許可と受け止めたらしい。


「神よ、神の恩寵(おんちょう)たるものよ」

「彼の罪を(すく)い給え、彼の魂を雲井に揚げ給え」

「神よ、救い給え 『温浄(ピリア)』」


 詠唱を終えた騎士を中心として、日差しのように柔らかい光が遠く拡がった。それはコアイ達には何の作用もしなかったが、亡骸(なきがら)や死に切れぬ負傷者達には意味があったらしい。



「お気遣い、感謝いたす」

 (うめ)き声の消えた草原で、騎士は深々と頭を下げた。


「あとは、私の決着を済ませるのみ」


「遅れ、(ある)いは先立つことあれど……連れ立って行けぬならば、それは別離(わかれ)、それは哀しき」

 壮年の騎士が剣を抜き、逆手に持ち替えたとき……別の騎馬が駆け付けた。



「団長! 別離(わかれ)は哀しく、連れぬは寂しく……(それがし)もお供仕る!」

 騎馬は飛びかかるかのように壮年の騎士へと接近し、やがて馬は駆け去り人だけがそこへ降り立っていた。


「ジョージか……ロバートを支えてはくれぬのか」

「申し訳ありません、やはり某は団長と共に……どうか、最期の我が(まま)をお許しください」


 男達の眼がとても優しく見えて、コアイは何も言わず彼等を眺めていた。



 あの眼、先程申し出た時と同じ眼をしている。

 先の老執事と、同じ眼……

 彼等は互いに、愛おしき者、なのか。



 コアイは何もせず、騎士達のやり取りを見守ることにした。



「クレイグよ、サイモンよ……その(ほう)等と共に往こう。武道と士道を兼ね備え輝いた貴公らへの、せめてもの(はなむけ)として」


「武に、士に、乾杯を」

 騎士ジョージは携帯していたらしき水筒を取り出して、縊死(いし)した亡骸の口元を濡らした。


「コアイ王、失礼かも知れぬがお教えいただきたい。クレイグはいずこに?」

「名は知らぬが、そこに倒れている黒焦げの者だろうか」

「おお、なんと痛ましい……」

「なかなかの剣撃だったが、まだ届かぬ」


「なかなかの、だと? この男は……」

 団長と呼ばれた男は、青ざめていたようだった。


「ありがたい、では……この辺りか」

 ジョージは黒焦げた亡骸の、顔らしき部分に水を掛けた。


「クレイグよ、お主の剣が通じぬ無念……察するぞ」

「サイモンよ、お主はわざとクレイグを立てていたな……そのクレイグの敗死は辛かったろう」


「強き者達に、乾杯……そして、我らも共に往こう」



 騎士二人は鎧を脱いでから、向かい合って剣を構えた。

「願わくば見届け給え、騎士の最期」

「騎士の矜持(きょうじ)……とくと御覧じろ!」




 草原は静かに、緩やかな風を流している。


「さて、どうする?」

 アクドが切り出した。


「どうする、とは? このまま、北のエミールとやらを攻めるという意味か」

「俺なら、今は攻めないが……行くと言うなら付き合うぜ」

「攻めない、という理由は?」

「城市を攻め取っても、守る奴が居ねえ」


「ならば、帰ろう」


 コアイ達は、タラス城へ戻ることにした。



「帰りは、しっかり寝ながら行こうぜ」

「……そうだな」




 森を抜けた先、二つの人影が湖に浮かぶ城を眺めながら立ち尽くしている。


「帰ってきたな……ふわぁ……」


 帰り道でも、やはりコアイは野宿で眠れず、今回も無理にアクドを起こして夜明け前に移動し始めていた。しかし、それはどうにも眠れなかったことが理由だと、わざわざ教える気にはならなかった。


「結局帰りも早出か……とりあえず、部屋で寝てえな」



 疲労感を漂わせながら入城した二人を、出迎える娘の姿があった。

「陛下、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです!」


「……誰だ? 何故この城にいる」

 コアイには、眼前で笑顔を振りまく娘が誰だか分からなかった。


「え、その……」

「……リュカ? 何やってんだお前」

「う……」


 リュカと呼ばれた娘は、(うつむ)きながら走り去ってしまった。


「あの娘、どこかで会ったか?」

伯父貴(おじき)と一緒にこの城にいるリュカだよ、まさか覚えてないのか? ……まあ、そん時とは見た目が違うけどもよ」


「それにしても、どうしたんだアイツ」


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