五 カエリ咲く花、散る華、
多くの生命が死に絶えた平原、その死臭の中心に駆け付ける騎士の姿があった。
「嫌な予感がして来てみたが、これ程とは……」
騎士は疲れ果てたような口調で独り言を零す。その声は、先に聞こえた歌声と同じ濁りを含んでいた。
「サイモン、クレイグ……あたら強者たちを、若者たちを、死なせてしまった」
「サイモンたちだけではない、多くの兵たちをも死なせてしまった」
騎士は独り言を呟きながら、兜を脱ぎ捨てる。
やがて騎士はコアイ達の前に進み出て、下馬したのち跪いて言った。
「お初に拝眉いたす、私はプレスター団を束ねる、いや……束ねていた、ジェレミー・シャーガーと申す」
「略式ではあるが、せめて……勇敢に闘った兵たちを弔いたい。許していただけぬか」
騎士は兵達の葬送を願い出た。それは半ば、降伏を意味していたのかもしれない。
「どうする、王様」
大男アクドはコアイに返答を促したが、コアイは団長を名乗る騎士の眼だけに意識を向けていた。
騎士の眼がどこか優しく見えて、コアイは何も言わずにいた。
騎士は、沈黙を許可と受け止めたらしい。
「神よ、神の恩寵たるものよ」
「彼の罪を掬い給え、彼の魂を雲井に揚げ給え」
「神よ、救い給え 『温浄』」
詠唱を終えた騎士を中心として、日差しのように柔らかい光が遠く拡がった。それはコアイ達には何の作用もしなかったが、亡骸や死に切れぬ負傷者達には意味があったらしい。
「お気遣い、感謝いたす」
呻き声の消えた草原で、騎士は深々と頭を下げた。
「あとは、私の決着を済ませるのみ」
「遅れ、或いは先立つことあれど……連れ立って行けぬならば、それは別離、それは哀しき」
壮年の騎士が剣を抜き、逆手に持ち替えたとき……別の騎馬が駆け付けた。
「団長! 別離は哀しく、連れぬは寂しく……某もお供仕る!」
騎馬は飛びかかるかのように壮年の騎士へと接近し、やがて馬は駆け去り人だけがそこへ降り立っていた。
「ジョージか……ロバートを支えてはくれぬのか」
「申し訳ありません、やはり某は団長と共に……どうか、最期の我が儘をお許しください」
男達の眼がとても優しく見えて、コアイは何も言わず彼等を眺めていた。
あの眼、先程申し出た時と同じ眼をしている。
先の老執事と、同じ眼……
彼等は互いに、愛おしき者、なのか。
コアイは何もせず、騎士達のやり取りを見守ることにした。
「クレイグよ、サイモンよ……その方等と共に往こう。武道と士道を兼ね備え輝いた貴公らへの、せめてもの餞として」
「武に、士に、乾杯を」
騎士ジョージは携帯していたらしき水筒を取り出して、縊死した亡骸の口元を濡らした。
「コアイ王、失礼かも知れぬがお教えいただきたい。クレイグはいずこに?」
「名は知らぬが、そこに倒れている黒焦げの者だろうか」
「おお、なんと痛ましい……」
「なかなかの剣撃だったが、まだ届かぬ」
「なかなかの、だと? この男は……」
団長と呼ばれた男は、青ざめていたようだった。
「ありがたい、では……この辺りか」
ジョージは黒焦げた亡骸の、顔らしき部分に水を掛けた。
「クレイグよ、お主の剣が通じぬ無念……察するぞ」
「サイモンよ、お主はわざとクレイグを立てていたな……そのクレイグの敗死は辛かったろう」
「強き者達に、乾杯……そして、我らも共に往こう」
騎士二人は鎧を脱いでから、向かい合って剣を構えた。
「願わくば見届け給え、騎士の最期」
「騎士の矜持……とくと御覧じろ!」
草原は静かに、緩やかな風を流している。
「さて、どうする?」
アクドが切り出した。
「どうする、とは? このまま、北のエミールとやらを攻めるという意味か」
「俺なら、今は攻めないが……行くと言うなら付き合うぜ」
「攻めない、という理由は?」
「城市を攻め取っても、守る奴が居ねえ」
「ならば、帰ろう」
コアイ達は、タラス城へ戻ることにした。
「帰りは、しっかり寝ながら行こうぜ」
「……そうだな」
森を抜けた先、二つの人影が湖に浮かぶ城を眺めながら立ち尽くしている。
「帰ってきたな……ふわぁ……」
帰り道でも、やはりコアイは野宿で眠れず、今回も無理にアクドを起こして夜明け前に移動し始めていた。しかし、それはどうにも眠れなかったことが理由だと、わざわざ教える気にはならなかった。
「結局帰りも早出か……とりあえず、部屋で寝てえな」
疲労感を漂わせながら入城した二人を、出迎える娘の姿があった。
「陛下、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです!」
「……誰だ? 何故この城にいる」
コアイには、眼前で笑顔を振りまく娘が誰だか分からなかった。
「え、その……」
「……リュカ? 何やってんだお前」
「う……」
リュカと呼ばれた娘は、俯きながら走り去ってしまった。
「あの娘、どこかで会ったか?」
「伯父貴と一緒にこの城にいるリュカだよ、まさか覚えてないのか? ……まあ、そん時とは見た目が違うけどもよ」
「それにしても、どうしたんだアイツ」




