二 想のカタチさまざま
「私と闘いたい、と言うのか」
そんな申し出をされるのは、いつ以来のことだろうか。
「願わくば、我らの誇りのために」
「楽しませてくれるなら、構わぬが」
楽しませてくれるなら、むしろ喜んで……
彼女のいない日々を補えるほどの、充ちた闘いで……楽しませてくれるなら。
コアイは少し、嬉しく思った。
「いや、ちょっと待ってくれよ」
大男アクドが口を挟む。
「どうした」
「疑るようで悪いが……アンタらが俺らと戦ってる隙に、西から別動隊が攻めるという戦術がありうる。危険だぜ」
「その意見はごもっとも、だが我らはそのような策は打たぬ」
騎士はアクドの側へ向き直し、真っ直ぐな視線を向けながら語りかける。
「我らはこの地を奪いたいとは考えていない、ただ雪辱を遂げたいのだ……とは言え、その証拠はない。我らが小狡い嘘吐きではないと、どうにか信じていただければ」
騎士は僅かにも、清々しい態度を崩さなかった。
コアイはその姿勢から、戦士としての強い精神力を期待したのかもしれない。
「分かった、私の条件を呑めるなら……貴公らの挑戦を受けよう」
「おお! ありがたい。して、その条件とは」
「命を惜しまず、私と闘え」
コアイの返答を聞いた騎士は、当然だとでも言いたげな顔つきで頷いた。
「恐悦、至極……五日後の昼刻、場所はスゥル・カラ平原にて、ということでよろしいか」
「日時は構わぬが、その場所は何処だ?」
「……俺が道案内するよ」
交渉……というほど緻密な会合ではなかったが、とにかく話は纏まった。
「突然訪ねた無礼者を受け入れていただき、感謝に堪えません」
「……楽しみにしている」
「では、失礼いたす」
騎士は一礼し、退出しようとした。
コアイ達に背を向け数歩歩いたところで、騎士は振り向いた。
「あっ」
「申し訳ないのですが、話に夢中で書状をお渡しするのを忘れておりました」
騎士は分厚く、ざらついた紙を丸めた筒を差し出してきた。コアイは紙筒を開きもせず、早々にアクドへ渡してしまった。
「えっ、読まないのかよ」
「団長の挨拶と、先程お話した希望の戦場について書いてあるだけです。まあ読まれずとも問題はありません」
「では、次は戦場で……さらば!」
騎士は再度一礼し、屋敷を去っていった。
三日後、コアイはアクドを伴として、北────戦地となるスゥル・カラ平原へ出立した。
二人は馬を軽く駆けさせたり、時折休みがてら歩かせたりを繰り返して北上する。
馬に乗って行けば、然程急がなくとも平原には二日で着くという。翠魔族には馬に乗りたがらない者が多いのだが、人間とも交友のあるアクドは例外的に馬を乗りこなした。
「ところで、その背負っている箱は何だ」
馬を歩かせている時は、ぽつぽつと会話していた。
「ああ、これか……携帯型の通伝盤、らしい」
「通伝盤……離れた相手と会話できる魔術機巧だったか」
「持ち運びながらでも使えるように改良したから試してみてくれ、とリュカに頼まれたんだが……ちと重い、並の旅人じゃ持ち運ぶのが難儀だな」
「優しいのだな」
「アイツは……アイツの両親と兄弟は、デカい商売の帰り道で人間の山賊に襲われて殺されたんだ」
急に、大男の顔が影を帯びる。
「俺はアイツらを守ってやれなかった。アイツを孤独にしちまった」
「アイツは伯父貴の跡を継いでやっていけるようにって、年頃なのに小難しいことばかりやってる」
「せめて俺くらいは、アイツが楽しく生きていけるように助けてやりたい」
「そうか」
「……そろそろ馬も休めた頃だろう」
コアイは馬の横腹を軽く蹴った。
暫くして、次はアクドが話を切り出した。
「なあ、王様」
「なんだ」
「人間との戦が落ち着いたらよ、俺を弟子にしてくれねえか」
「師事したい、と?」
「ああ、もう一度じっくり魔術を習いたいんだ」
「いいのか? 確か聞いたことがある、翠魔族の男は女に教導されることを嫌うと」
「ああ……そういえばそうだったな、すっかり忘れてたぜ」
「確かにそういう奴もいるが、俺はそんなこと気にしねえよ」
「大事なのは俺より強い、ってことだろ」
「……師事の件は考えておこう」
「まあ実際のところ、俺よりも他の奴を鍛えて、一端の戦力にするのが先だろうけどな」
また暫くして、コアイも話を振ってみた。
「そうだ、貴様は料理に詳しいな?」
「まあ、多少は」
「カゼス、とかアーロル、とかいう物を知っているか」
「ああ、アーロルってのは……昔エミールの辺りに住んでたエルフが動物の乳を固めて作ってた食材だよ。身体を鍛える時に食べると良いらしいが、味の癖が強くて嫌がるエルフも多い」
「乾酪ってのは、人間がアーロルを好みの味に改良したものだ。とても酒に合うらしいんで、一度店に仕入れてみたことがあるよ。だが臭いが強いせいかエルフには不評だな」
「なるほど、城に帰ったら手に入れておいてくれ」
「分かった、揃えておくよ」
…………などと、他愛のないような会話をあれこれと交わしながら移動し、夜を明かし、やがて二人は指定された戦地へと辿り着いた。
昼刻まではまだ少し時間があるのだろうか、人間達はまだ来ていなかった。




