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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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十八 スガタなき日をあたたかく

 どれだけ眠っていたのだろうか。コアイが目覚めた時には、辺りはすっかり明るかった。

 隣では、スノウが静かに寝息を立て続けている。コアイは(しばら)くの間彼女を見つめてから、手を離して身体を起こす。


「……あ、おは~……」

「起こしてしまったか」


「今日は何する?」

 彼女はそう(たず)ねてきたが、コアイの考えは決まっていた。


「一旦帰ってもらおうと思う」

「え~早くない? つか朝帰り!?」

 少し不満げな彼女を見ると、コアイの心は揺らぎそうになる。コアイはそれを抑えながら、理由を語る。


「近いうちに、人間達が(ここ)を取り戻しに来る可能性が高い。何時(いつ)ぞやのように、そなたを危険に晒したくないのだ」

「心配してくれてんだ……分かりました、王サマ! 帰ります!」

「そなたを苦しめたくないのだが……済まないな」


「んじゃ、帰る前に……」




「よかった、電池あやしいけど写メ撮れそう」

 彼女は光を発する板状のものを手にしながら、何かを確かめるようにその上面に触れていた。

 そうしながら彼女がこぼした言葉の意味は、コアイにはまるで解らないが。


「はいむこう向いて、キメ顔でよろしく!」

「きめがお?」

 思わず聞き返したコアイの腕に、彼女が顔を寄せる。


「あーそのままでいーよ、動かないで、そのままそのまま……」

 彼女は板を持ったまま手を伸ばし、その発する光をこちらに向けながら輝く面に指を触れる。


 パツッ


 板状のものから、耳慣れない音が鳴り出した。

 目先の物体で、何かが作用したのだろう。それを操っていたであろう彼女には別段慌てた様子も見られなかったので、コアイは成り行きを見守っていた。


「うん、いい感じ! みてみて」

 コアイは言われた通りに、彼女が手元に戻した板の盤面に目をやる。そこには肖像画のようでありながら、それとは少し趣の異なる二人の姿が映し出されていた。


「これはそなたと……私、か?」

「そ、写真……絵みたいなもん」

 コアイは過去、人間が描いたという絵を何点か見たことがあったが……彼女が手にするそれは、コアイが過去に見たどの絵よりも精密で、鮮明なものだった。

 それは(あたか)も、彼女の操る魔術のような。


「僅かな間にこれほどの絵を描けるのか、凄いな」

「んー? まあいっか、ただこれは残していけないから、印刷して今度持ってくるね」

「そうなのか……」

 

「今回は、代わりにこれあげるから」


 スノウが差し出してきた艶やかで厚い紙には、細かな絵が数点描かれていた。よく見るとそれは、スノウと他何人かの女を描いたらしき絵だった。

 コアイは紙を受け取り、彼女が描かれた部分のみを見つめる。するとあたたかい。



「もーニヤニヤしすぎだって」

 自然と顔が(ほころ)んでいるのを、コアイ自身も感じていた。




「では、そろそろ……」

「動かないように、だね」

 コアイは彼女に貰った紙を懐にしまい、ベッドから離れて立つ彼女と数歩の間隔を空けてから、人差し指の先を(かじ)る。ぎゅっ、と絞まるような痛みがコアイの胸元を走る。



 コアイは、指先に(にじ)む血に命ずる。彼女の足元の床に、召喚陣(ペンタグラム)を描けよと。

 指先から、血がどろりと流れ出す。流れ出た血は彼女に触れぬようのろのろと床を伝い、やがて召喚陣を象どった。


「なんだろう、前より元気ないね」

 足下を見ていた彼女が、そうこぼした。



 コアイは左手を高く掲げながら指を折り、その先端を召喚陣に向ける。そして、


「La-la mgthathunhuag!!」

 この世界の魔術、詠唱とは異なる言霊なき呪文を発声した。


 赤い召喚陣が鈍く沈み。召喚陣は辺りを照らさぬ程度の弱い光を発する。

 光は周囲の空間に雑ざり、やがて術者以外の色が、一つの光として重なり合っていく──────




 コアイは召喚陣が消えるのを見送った後も、暫く呆然と立ち尽くしていた。

 戸を叩く音が聞こえて、コアイは我に返る。


「入れ」 

 コアイの声に従って部屋へ入ってきたのは、老人一人だった。


「お早うございます、陛下……おや、お嬢さんは何処(いずこ)へ?」

「乱戦になるやもしれぬ。慌ただしくなる前に、危険のない場所へ行かせておいた」

 そう聞いた老人は、それ以上()いてこなかった。


「朝食を用意しておりますが、召し上がられますかな」

「不要だ、昼食も要らぬ」

「良いのですか? であれば、各村の者等が集まった後にお呼びいたしましょう」

「分かった、それまでもう少し休むことにする」



 コアイは会話を終えると、ベッドに潜り込んだ。

 そこには彼女の温もりが……残ってはいなかったが、それでもコアイにとってはあたたかく。




 あたたかな場所で暫く微睡(まどろ)んでいたコアイの知覚が、東西南北から近付く魔力の匂いを捉えだした。しかしコアイはもう少しだけあたたかさを(むさぼ)っていたくなり、小さく寝返りを打った。

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