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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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十六 憩うスガタあたたかく

「仕方ないだろ? こうまで食料が残ってないんじゃ」


 領主達によって大半が持ち去られていたのだろうか、食料はあまり屋敷に残っていなかったらしい。

 とはいえ名産の甘ワイン(オペ)を始め酒は大量に蓄えられていたので、一行はささやかながら酒宴を開いて(たの)しんでいた。


「まあ、無いものはしょーがないか……」

「酒が残っていたのは幸いじゃったの。ここいらでは然程(さほど)飲み水にも困らぬから、置いていったのかも知れぬ」


「そ、それでも何とかやりくりしたんだぞ、そこそこ以上には美味いだろう!? ほれ、この珠菜(たまな)を塩で一つ」

 大男が見た目通りの野太い大声で反駁(はんばく)する。コアイの耳には、少し(うるさ)い。


()むごとにあふれる風味と舌に染みてくる苦味を、十分に味わったところで……」


 珠菜なるものをよく噛み味わって(ゆる)んでいた顔が、急に引き締まる。

「こいつをクイッ、と!」



「くぁ~ッ……うまい! さすが銘酒!!」



「……な?」

 男は満面の笑みを彼女に向ける、が。


「ごめんわかんない」

「むむむ……」

「最初の苦いのは別にいらなくない?」


「大声と勢いで誤魔化(ごまか)しとるようにしか見えんぞ、アクドよ」

「なっ!? お、伯父貴(おじき)まで……そ、そうだ、リュカなら分かってくれるよな、なっ!?」

「珠菜きらい」

「…………」

 大男は散々に(なじ)られ、項垂(うなだ)れている。


「せめて、マヨがあれば合いそうなんだけどなあ」

「マヨ? 珠菜と合いそうな食物があるのか?」

 項垂れていたはずの大男は早くも顔を上げ直した。


「マヨネーズ、知らない?」

「聞いたこともないぞ、何だそれは」

「油のきいた卵味のソース的な……そんな感じの、無い?」

「油と卵味か……俺等にはあまり馴染みがなさそうだな」


「マヨネーって人間の楽士の噂なら聞いたことあるけど」

「王都で人気の女楽士、だそうですね」

「それはそれで知らねえな……」


「まいっか、とりあえず飲もう飲もぉ!」

「マヨネーソース? の話、いつか詳しく教えてくれよな」



 大男以外は初対面、それも異種族(エルフ)だが……スノウはよく打ち解けているようだった。少なくともコアイにはそう見えた。


 美味そうに酒を飲むスノウと、彼女を視界の中心に据えて眺める歓談。それだけで、コアイは満足していた。



「あれ、飲まないの? これやっぱヤバいよ美味しいよ」

「いや、私はいい……私の分も飲むがいい」

「ダメだよ!」

 コアイは怒られた。


「いや、私には特にその必要が……」

「みんなで一緒に食べたり、飲んだりするからいいんでしょ!?」


「ああ、アイツも言ってたなあ……皆で集まって飲み食いして、それでこそ絆が深まるんだ、と」

「そうなのか? そういうもの……なのか?」

 コアイは過去、数度開いた酒宴でも特に飲食せず、無言で辺りを眺めていたが……そのように(たしな)められたことなど一度もなかった。



「あったり前じゃん、ほらかけ付けかけ付け」

 だが彼女がそう言うのなら、否定はしない。いや、疑いもしない。


 そうして勧められたままに飲んだ甘ワインはとてもあまくて、そして何故だかあたたかくて。




「さて、そろそろ」

「どうした、伯父貴? 歳だから近いのか」

そう茶化した大男の額を、空き皿が打っていた。


「たわけ」


(わし)は各村に招集をかけ……ああそうだ、リュカよ、通伝盤(ジャムチル)を組み上げてくれんか」

 老人はいつの間にか、謹厳(きんげん)な雰囲気を(まと)っていた。しかしその切り替えの早さは、老人だけが心掛けていたものだったらしい。


「持ってきてたかな?」

「……準備しといてくれと言わんかったかのう」

「あっ……ごめん思い出した、準備できなかったんだ。予備の部品が無くてさ」

「むう……仕方がないか」

 老人もそれなりに酒を飲んでいたはずだが、その判断の早さは酔いを感じさせない。


「アクドよ、急ぎオルホン村へ行き、オルホン村の通伝盤を借りて各村に招集をかけてくれ。それと、エミール・タブリス沿いの村には……」

「分かった。馬は使えるだろうか? もし使えるなら、オノン村へ向かったほうが多分早いな」

「そうか、お前一人なら馬に乗れるな。まあ細かいことは任せる」

 大男も気持ちを切り替えたか、キビキビとした応対を見せる。


「んじゃ、早速行ってこよう。片付けは……」

「そんなことくらい、私がやりましょう」

「済まんな、その……辛かったろうに」

 大男は女に深く頭を下げてから、屋敷の外へ駆け出していった。


「それ今言うこと? まったくアク(にぃ)は」

「いえ……きっと、アクドさんも悲しいのでしょう」


「……とても、優しい人」




 女が食器を片付けようと動き出したのを見て、コアイは老人に()いてみた。


「私達はどうする、北東でも見張っておくか?」

「人間の軍勢も、昨日の今日では動けますまい」

 老人は先程と真逆のような、穏やかな調子で答える。


「明日の昼頃、村の顔役達と会っていただきたく。その時までは、ごゆるりとお過ごしくだされ、陛下」

「分かった。ところで、この屋敷に風呂とやらはあるだろうか? あれば使いたい」


「風呂ですか……まだ見てはおりませぬが、屋敷の何処かにはあるでしょうな」

 そう答えたところで、老人は何か思い付いたらしい。


「もし風呂が使えるなら……陛下が使われた後、例の若者達にも身体を清めさせてやりたいのですが」

「構わない」

「リュカに湯の世話をさせましょう」



「ここには風呂があるらしい、二人で入らないか」

 コアイはスノウを連れ、屋敷内で風呂を探すことにした。

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