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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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十四 ココロ、揺らす、魔窟のなかで

 囚われたエルフ達を救うために、一行は瓦礫(がれき)をよじ登る必要があった。

 老人や女が独力で登るには骨の折れそうな高さである。とは言え、今瓦礫の上にいるのは(かせ)を解かれたばかりの女一人。他人を引っ張りあげられるような体力は無いだろう。



「クランさん、当たらないよう壁際に寄っててくれ」

「当たらない? よく分かりませんが、壁際にいればいいのですね」


「ああ…………ウリァ!」

 女の返事を聞いた大男は、一拍置いてから人間大の簀巻(すま)きを瓦礫の上に放り投げた。


「ぐえっ」

「さて、と……アンタは自力で登れるだろ。先に上がって、俺たちで伯父貴(おじき)とお嬢ちゃんを引き上げてやろうや」

 大男はコアイに顔を向けてそう言った。コアイは特に口を挟まず、大男と共に瓦礫をよじ登る。


「よし……伯父貴、何とかここまで登って、手を掴んでくれ」

 大男が下向きに身を乗り出し、手を伸ばす。


「ふむ、ちと骨じゃのう」

 老人は口でそう言いつつも、差し伸べられた大きな手を難なく掴み、登ってきた。それを見ていたコアイは、大男と同じように手を伸ばしてみる。


「スノウ、来られるか?」

「ちょい厳しいかも……」

 果たしてその言葉通り、彼女は顔を赤くしながら瓦礫をよじ登ったものの、もう少しというところで力尽きた。彼女は力なく床面へずり落ちていく。


「怪我はないか?」

「お嬢ちゃん、体力ねえなあ……妙なもん持ってたり、どっかの姫君とかじゃねぇだろうな」


「時間が惜しい、置いていく……」

「わけにもいかんのう」

 老人はそう言いかけるも、コアイの視線を感じたらしく撤回した。


「世話が焼けるなあ」

 大男はそう言いながら瓦礫を降りていた。


「ほれ」

「え?」

「肩に掴まれ、んで上の手を掴め」


 大男が高さを補ってくれた。

「もうちょい、くっ……」

「だぁぁ頭を踏むな落ちっ」

 幾つもの噛み痕の残るコアイの手が、姫君のような女の手を掴んだ。



「良かった」

「登れなかったからってニヤニヤしすぎ」

「いや、そういう意味ではない」

 再び共に進めることが嬉しくて、顔に出てしまったのだろうか。けれど、嬉しいのだから仕方がない。

 コアイはそう納得して奥へ進もうとしたが、視線を感じた。そして、声を聞いた。


「わ……ボクも、お願いします」

「あぁ? お前は自力で登れるだろ。先行くぞ」

 大男が先に瓦礫を登ったが、それに若者は続かなかった。


「んだよ、しょうがねぇな」

 大男が瓦礫の上から手を伸ばすが、若者はそこにも向かわず、ただ視線を向ける。


「アク(にぃ)……」

「ん? …………ああ、うん……  あ、あだだっ!? 肩が……ッ!?」

「どうした」

「わからん、わからんが……肩を痛めたらしい! すまん、アンタあいつを引き上げてやってくれ」


「……何をやっているのだ」

 何の茶番だろうか、とコアイは違和感を抱いていたが。


「私からもお願いいたす、頼まれていただけませぬか」

「…………」

 コアイは(いぶか)しみつつも、瓦礫の下へ手を伸ばしてやった。


「……あ、ありがとう」

 若者は手元や足元に一切目を向けることなく、ただコアイを見つめ……瓦礫の障害などまるで感じていないように近付いてきていた。若者はじっとコアイを見据えながら、淡々と瓦礫を登りコアイの手を取った。


(かたじけな)い」

「すまねぇ、助かったよ」


 彼等の声は、若者の手慣れた動きと申し出に疑問を抱き考え込むコアイの耳には入っていない。

 一方で、その若者はじっと己の手を見ている。



「アクドさん、おもしろい方ですよね」

「ん、ああ……そうなのか?」

「なんつーか、プロレスラーって感じ?」


「さて、先を急ごうぞ」


 一行は女に案内され、おぞましき部屋へと向かう。



「おいリュカ、行くぞ~」

「あ、うん」





()()()女たち。汚()()()()()男たち。


壁面に(はりつけ)にされて鞭打たれたらしい男。柱に繋がれたままで凌辱されたらしい女。



しかし酷吏(こくり)の姿は既になく、そこからは鬱屈とした湿り気だけが匂ってきた。


「ぐむ…………」


「わあ……あれが男のアぅわっっ」

「ぬしらは見ぬ方がよい」

 老人は咄嗟(とっさ)に若者二人の視界を(さえぎ)った。


「アクドよ、中の者達を放してやってくれ。(わし)はコアイ様と話す」

「あ、ああ……分かった…………」

 大男は先刻と同様の、泣き出しそうな顔で部屋へ入っていく。



 部屋の外ではしばらくの間、沈黙したのち……


「どうか宜しく、宜しくお頼み申す……」

苦々しげな顔をしたまま、老人が再び口を開いた。


「祖父アボックが業を興して以来二百年、私どもヤーリット商会は種を問わず商い、ひたすらに財を蓄えてまいりました。それは全てこの日のため、です」


「貴方のような御方が現れた時に……その方を王と奉じ、全てを懸けて支えるため、です」


「どうか……二度と、彼等のような者を作らぬためにも、どうか……我等を……」

 老人は大男と同じ面影の顔をして、落涙していた。

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