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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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十二 アイある触、それとは別に

「お目にかかり光栄の至り……いや、不躾(ぶしつけ)な訪問、お許しくだされ」

「……用件はなんだ」

 ただでさえ、コアイはこのようなやり取りが嫌いだった。


「できれば、場所を変えたいところですが」

「回りくどい用件なら、後にしろ」

 ましてや、今のコアイには()ぐにでもやりたいことがあった。



彼女に、逢いたいのだ。


彼女を、側に。



「人間……領主よ、そこの屋敷は使えるか」

 コアイは近くで物品を確認していた元領主に声を掛ける。


「調度品は置いていく、好きに使え……いや、使ってくれ」

「そうか」


 ならば、今彼女を()んでも危険はなく、また重大な物品の不足もないだろう。(うれ)いはない。

 コアイの心は(おど)った。



「私はそこの屋敷で少し休む、話をしたいと言うなら暫く待っていろ」

「なっ……」

 老人の横で若者が目付きを鋭くしたが、老人は若者を制す。




 今、私の周りには、熱の湧かぬ者達しかいない。


 歩み、殺し、痛め付け、語らい……疲れた。

 彼女となら、それらを意識せずとも、共に居られるだけであたたかい。



 あたためて、ほしい。



 コアイはふらふらと、引き込まれるように屋敷へ入っていった。


 屋敷に入ってすぐの玄関の間は意外と広かった。これなら、召喚陣(ペンタグラム)を描写するにも問題なさそうだ。

 そう判断したコアイは、もう待てなかった。無心で玄関の戸を閉め、戸に背を向けて一つ息を吐いてから一指を(かじ)った。


 そして出血を確認したところで、懐から彼女の私物──「リップクリーム」だったか、小物を取り出して床に置こうとした。



 これは……口に当てて使うのだったか。



 小物を貰った時のことを思い出したコアイは、記憶の通りに口元を(まさぐ)ってみる。しかし、そこに記憶通りの感覚は無かった。


 コアイは気を取り直し、小物を優しく床に置いた。そして先程噛んだ指先に意識を向けて血に命ずる。召喚陣を描けよ、と。

 指先から、血がゆるゆると流れ出す。流れ出た血は物体に触れぬよう穏やかに流れ、召喚陣を象どった。コアイはそれを見てから左手を高く掲げ、指先を召喚陣に向ける。


 そして、


「mgthathunhuag Moo-la-la!!」


 コアイは、どこで知ったかも定かならぬ、この世界の言語とは異なる呪文を発声した。

 赤い線で形作られた召喚陣が、色を喪う。召喚陣は周囲の色に逆らうように淡黄色に変わり…………


 やがて術者を含む全てが、召喚陣に柔らかで穏やかな熱を与えていく────



 力を(うしな)った召喚陣の中央に、人が横たわっている。

 コアイは居ても立ってもいられず、その側に腰を下ろして片手を握る。当然そこから伝わるものは、彼女の温かさであった。


 どれ程の時間そうしていたか判らないが、コアイは彼女が目覚めるまで手を握っていた。

「ん~……」


 彼女は高くこもった声を上げてから、しっかりと握られた右手に顔を向ける。そうしてから、握る手の持ち主へと視線を伝わせる。


「あ、お姉様おひさ」

「会いたかった」


 コアイは彼女が目を覚ましたことに気付いて一言返し、直ぐに彼女の体を起こして肩を抱いた。


「えっ、どしたの?」

「あたたかい、な」




 身体を寄せる二人の耳に、戸を叩いたらしき音が数回聞こえた。


「そろそろ、宜しいですかな」

「入れ」

 コアイは答えつつ、彼女を離した。それより少し遅れて、先の老人が戸を開き屋敷へ入ってきた。


「誰このおじいちゃん、知り合い?」

「……会ったばかりだ」

「はて、その娘さんは一体」


「ああ、その……愛おしい人、だ」

「いとーし?」


「失礼いたしました、本題に入りましょう」

 老人は静かに、神妙に語り始めた。


「私も昔、曽祖父に聞いた程度の話ですが……かつてこの世界には、「魔王」と呼ばれ(おそ)れられる存在が居られたそうです」

「らしいな」


最早(もはや)名すら伝わらぬ「魔剣の王」、「魔弾の王」、「魔操の王」、「魔獣の王」……そして、最後の魔王、「魔術の王」コアイ様」


「「魔王」がおわしました時代、人間以外の種は(こぞ)ってその一員を名乗りました。勿論(もちろん)、私達エルフも」

翠魔族(すいまぞく)……」

「ご存知(ぞんじ)でしたか」


「……そんな昔話をしにきたのか」

「いや、歳を取ると前置きが長くなっていけませんな」

 老人は少し苦笑いしてみせてから、再び神妙な顔つきに戻った。


「実のところ、貴方が本当に「最後の魔王」コアイ様であろうと、その名を(かた)不遜(ふそん)な輩であろうと……構いません」

「それで」

 コアイはつい、急かしてみる。


「率直に申し上げる、我らの王となっていただきたい」

「何故だ」

「その力で、我らエルフ……いや、人間に(しいた)げられている者らをお救いいただきたいのです」


「ここの人ら、そんなヤバいんだぁ」

「そんなものに興味はない」

「私どもも出来る限りお力添えいたします、貴方のお力を活かし、どうか……「魔族の王」となっていただけませぬか」


 コアイにそのような意思は無かった。ここを落としたのも、酒で、城で彼女をもてなしたいと思っただけのこと。その後の顛末など、考えていなかった。


 彼女を喜ばせる、それがここにいる目的なのだから。



「王様ぁ! な~んて?」

「どうか、どうか我らをお救い……」


 老人が再度懇願(こんがん)しようと話しかけたところ、(あわ)てふためいた男の太い声に遮られた。

伯父貴(おじき)っ、伯父貴ぃ!!」

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