彼女のためなら、いくらでも
「いしょう? なんの?」
スノウの顔は、あまり腑に落ちていなさそうに見えた。
「婚礼衣装の、意匠だ」
ならばと、コアイは説明を続ける。
「衣装の……いしょう?」
「ああ、形や装飾を決めておかねばなるまい」
材料と職人の目処が立ちそうになった、なればどのような衣装を仕立てさせるかも定めておくべきだろう。
「指輪のときは、あの職人が案を出してくれたが」
少し前に、人間の領地まで出掛けて二人お揃いの指輪を作ってもらったことがある。
その時に縁のあった女職人は、腕が良いだけでなく指輪の意匠も自ら、大した時間もかけずに……スノウ好みの品を提案してくれた。
だが今回は職人達にも馴染みのない、良く知らぬ服を作ってもらうことになる。事前にしっかりと衣装の理想形を伝えておかなければ、望みとは異なる品が仕立てられる虞が高まるはず。
「此度のドレスの場合は早めに、そなたの好みや要望を職人へ良く伝えねば」
職人達に、彼女が望む形や装い、飾り付けを理解させておくべき……とコアイは考え、念を押す。
「……え〜っ、と……」
しかし彼女はそれ等について考えるどころか……コアイの声を聞いていないかのように、上の空のように見えた。
「ん? どうかしたのか、スノウ?」
「ん……あ〜その、なんというか……さ」
「まさか、また二日酔いか?」
問い掛けにも応えが遅く、どこか歯切れの悪い彼女。
コアイは体調が悪いのかと心配したが……
「それは大丈夫なんだけど、王サマもシャレとか言えるんだな……って」
コアイはその意味が分からず、暫く黙ってしまった。
が、今は婚礼衣装の話を続けようと強く意識して、口を開く。
「兎も角、そなたの衣装さえ出来上がれば、直ぐにで」
コアイは彼女の婚礼衣装を仕立てられれば、ドロッティンゴルム──二人が初めて出逢ったあの屋敷──そこで、彼女と……
「は?」
あの日の続き、おそらくは彼女の言うところの「本番」を…………
と、伝えようとした。ところが。
「ダメだよ!!」
彼女は、珍しく眉間に皺を寄せながらコアイの言葉を遮っていた。
「王サマの分も準備しないと!!」
彼女が目を剥き、眉を震わせながら声を荒げる。
このような顔つきは、見たことがないかもしれない。
おそらく、相当に怒っている。
しかし何故怒っているのかが、コアイには分からない。
彼女の声がかすれて、それは何時もの可憐な声とは違った……文句を含んでいて。
彼女の円な瞳が宿す煌めき、ただそれは何時もとは違った……怒気を含んでいて。
けれどその理由が、コアイには分からなくて。
「王サマの分、絶対キレイなの見つけといたのに!」
「わ、私の分? ……が、必要なのか?」
「あたりまえだよ! なに言ってんの!!」
彼女の言によれば、コアイにも婚礼衣装が必要で、コアイの衣装については彼女好みのものが既に見つかっているという。
彼女が必要だと言うならば、その点は……軽んじるつもりもない、疑うつもりはない。
すべて彼女の願うとおりに、整えてやりたい……整えてやる。それは決して変わらない。
ただ、そうなると……気掛かりがある。
彼女が見繕ったという私の衣装は、彼女のものと同様に白糸で誂えるべきものなのだろうか?
もしそうなら、現在の想定以上……倍近くの白糸を得なければならなくなるだろう。
それだと、いったい何年かかるのだろうか。それほど長く、彼女を待たせてしまっても良いものだろうか……
コアイは一抹の不安、躊躇いを覚えて……内心、思い悩む。
「あっその、王サマが好きなら、可愛い系のドレスとかでもいいかもだけど……」
そんなコアイの懸念をよそに、彼女はコアイの衣装の好みについて……妥協? していた。
「とにかく、王サマの分もなきゃダメなの!!」
しかし、コアイにも婚礼衣装が不可欠だという点はまったく譲る気がなさそうだった。
「そうか……そういうもの、なのか」
「そうだよ! 王サマにとっても、わたしにとっても……二人の、大事なことなんだから!」
彼女だけを飾り立てても駄目なのだ、ということらしい。
「分かった、宜しく頼む」
「わかればおっけー、んでね、王サマの服は……」
二人はベッドに並んで寝転がり、スノウが新しく持ってきた本を眺めている。
「王サマの服は、これか、これ……それと、あとどれだっけ……目印つけたはずなんだけど……あっこれだ」
本の数か所、端から青または黄色をした紙片のようなものが飛び出している。
「このどれかかな、って思ってるんだけど……どう?」
彼女はそれを頼りにして、コアイに三種の絵を示した。
それ等のうち二つは、昔応対した人間の貴族が着ていたような……手と胴、及び腰と脚を細めの筒で包んでいるような、上下に分かれた衣服だった。
ただし色合いは少し異なるらしく、一つはドレスと同じような白で統一したらしい作り。一つは白一色ではなく、上衣の内側に一部黒い布が使われている。
そして別の一つは……ドレスの一種に見えた。
彼女と同じような衣装でも良い、ということだろうか?
しかしその姿態を良く見ると、当初にスノウが褒め称え、目を付けていたドレスとは形が異なるようにも見えた。
「もし王サマもドレスにしたいなら、わたしと違ってこっち系が似合うかなって」
彼女の指が、絵の腰の辺りを指している。
今指し示されたドレスは……脇腹から腰にかけてぴたりと張り付いたように、身体の線を描いている。足元の拡がりも少ない。
それに対して、先に彼女が気に入っていたらしいドレスは腰の辺りからふわりと、大きく膨らんだような形だったことを思い出した。
コアイは内心、何となくこれは好みでないと感じていた。
彼女が着るならまだしも、自分が好んで身に着けたい装いだとは思わなかった。
これよりは、他の二種から選びたいが……
いやそもそも、私が選ぶもの……なのか?
彼女の好みで選んでもらったほうが良いようにも思えるが……どうしたものか。
ただ、一つ確かなことがある。
彼女が私にも婚礼衣装を求める以上、私は今より多く、更に多く……白糸集めに奔走すべきなのだ。
のんびりしている暇はない……白糸の調達が遅れれば遅れるほど、それだけ彼女を待たせてしまうのだから。
彼女のため……早く、あの森に戻るべきか。
【余談】
コアイさんが勧められてるドレスはいわゆるマーメイドライン、スノウちゃんが自分で着たいと思っているのはプリンセスライン




