彼女のために、内に外に
「こちらは入念に進めております、ご安心くだされ」
言葉尻を迎えて、ようやく老人ソディの目から熱が抜けたように見えた。
「分かった……準備は何時頃に整うだろうか」
「来年か再来年には材料が揃うだろうと考え、それに合うよう……具体的には、来年の夏には仕立てに取りかかれるよう想定し、備えております」
目に宿っていた熱は冷めたようだが、その笑顔にはまるで変わりがない。
「ありがたい……その予定で引き続き、宜しく頼む」
「勿体ないお言葉でございます。そろそろ食事の用意に向かおうと思いますが、よろしいですかな?」
「ああ、それも頼む」
一通り話し終えたソディは一礼し、去っていった。
コアイは一旦ベッドへ戻ろうと振り返った。
スノウはまだ眠っている。掛けておいた布地も乱れておらず、寝返りを打った様子もない。
起こさないように、大きな音を立てぬよう気を付けながら、彼女の隣に潜り込む。
起こさないように、手は触れないまま……ただ側で見つめてみる。
僅かに微笑んだような寝顔、安らかな寝息。
ただそれを見て取り、聴き取り、感じ取り。
ひとつ、雨音が彼女の寝息よりも大きなことだけが腹立たしい。
雨音にかき消されないように、耳を傾ける。
彼女に混じってこないよう、意識を向ける。
雑音、異物が混じらないことを願うように。
そんなひとときは、長くなかった。
始めに彼女の寝息……強く吸った息で安らぎが乱れて、沈黙を破る。
「んっ……ごはん……?」
瞳と口が微かに開き、呟くような声がした。
「あ、おはよ、王サマ」
その直後にコアイの存在を認めてか、彼女は目覚めの挨拶を交わそうとする。
「ああ、おはよう、ス」
コアイもそれに応えようとしたが……彼女の顔よりも下から音が鳴って、それを遮った。
「あは、ごめんお腹すいて……」
「大丈夫だ、用意を頼んである」
「あ〜もしかして、そんな気がして起きた……のかな?」
彼女は苦笑しながら、食事の用意が済みそうなことを察して目覚めたのかと冗談めかした……ところ、
「陛下、お食事をお持ちしました」
給仕の女が寝室の扉を叩く音と、呼びかける声が外から聞こえた。
コアイは食事を受け取ろうと扉まで進み出る。
同時に彼女も身体を起こしていたが、直ぐに引っ込んでいたのを視界の端に認めつつ。
「あはっ、服着てないの忘れてた……」
食事を受け取ってから扉を閉め、振り向くと彼女は慌てた様子でベッドの周りを探している。
「服を着たら、食事にしよう」
コアイはテーブルに食事を置き、一方の椅子に座って彼女を待つことにした。
そして彼女が着席したところ、早速杯に酒を注いでやる。
「いただきま〜す!」
彼女は円な瞳を輝かせながら酒食を楽しんでいる。
腹が減っていたのだろうか……そう考えて、コアイはつい自分の皿から一品二品と彼女へ与えていく。
「そういや今日雨なんだね、こっちで雨降ってるのめずらしいかも」
「今日は酒でも飲んで、ゆっくり過ごそうか」
「うん、あっじゃあおかわりちょうだい!」
何時もより多めに飲んでいただろうか。届いた酒瓶も空にして、気付けば彼女はテーブルに突っ伏していた。
「んふ〜……」
目も頬も、耳まで紅くして酔い潰れそうになっている。
「少し休もうか」
「……ん……そうしよ……」
コアイは彼女を椅子から抱き上げて、ベッドに運ぶ。
彼女を優しく寝かせて、自分は先程と同じように側に寝転がる。
酒のせいか、息が荒い。
皮膚のそこかしこが紅く染まっている。
ただ、青白い顔をしているよりは良い。
と、彼女の身を案じつつ眺めていると……彼女は何かを探すように手であちこちをまさぐっていた。
表情を見る限り、苦しんでいる様子は見えない。ならば問題はなかろう、と手を出さずに眺め続けてみる。
「王サマ〜……もっと」
すると彼女は、手を動かしながら呻き声を上げていた。
もっと……なんだろうか? 何かを求めているのは分かるが、一体何を?
いや、泥酔しているから……単なる寝言かもしれない。
コアイが視線を外さぬままで悩んでいると、彼女はあちこちに手を伸ばし藻掻きだした。
「ん~……どこさぁ……」
どうやら自分を探しているらしい、それは分かった。
だが譫言なのか、寝言なのか、正気で呟いているのか……分からない。
分からないから、一先ず手は出さない。
手を出さず、見守ってみると……彼女の手が身体に伸びてきた。
脇腹に触れ、離れる。
肋の端に触れ、撫ぜるような動きののちに離れる。
胸元に触れ、少しの間ぴたりと止まったのちに離れる。
そして肩に触れ……たところで、がっしりと掴まれて、間髪置かず……
「あぁ、いた……っ」
との、嬉しげな声が聞こえて……普段の彼女からは想像できないような強い力で引かれていた。
コアイは、彼女はこんなに力強かったか? と考えたが、その考えは直ぐに掻き消される。
酒臭い。あたたかい。酒臭い。熱い。寄り添いたい。目が眩む。
抱き締められたい。
彼女は普段よりも熱くて、少し強引だった。
そんな彼女と相対する自分が、何故だか妙に恥ずかしかった。
もちろん、嫌ではなかった。
むしろ望んでその熱に溶け込みたいほど、溶けてしまいそうなほど焦がれていた。
なのに、妙に恥ずかしかった。
雨音が止まぬまま日が落ちて、身も心も幾分落ち着いたころ……ふと呟いていた。
「……意匠を決めておいたほうが良いか」
「いしょう? なんの?」
最近寝落ちが酷い(軽く横になって休んだつもりが、酒も飲んでないのに11時間寝てしまった)
予定を変更し、小説更新してから外出…と思ってたらこんな時間……
急に寒くなりました。皆さま体調にお気をつけてお過ごしください




