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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
310/313

彼女のためなら、万難も

 ひとり湯にあたったような、軽い目眩(めまい)を感じながら浴場を出る。

 それぞれ身体を拭いてから、コアイは自然とスノウの手を取って寝室へ向かった。


「はあ〜……あったまったねぇ」

 隣、手を繋いだ先から聞こえるスノウの声が、湯から出たはずの身体をもう一度暖めるような心地にさせる。

 同時に()()が、目眩をもう少しだけ重くする。


「……そうだな」

 溜息混じりの返答。抜けていった息が熱いのを感じながら。

 夏の近付いた廊下に吹く風は温く、それを覚ますほどの冷たさは持たない。


 覚めない熱が感覚をぼやかし、少し気怠(けだる)いような心地にさせる。

 足を止めて、彼女に寄り添いたくなる気怠さ。

 それに耐え、あるいは抗うようにコアイは足を早め、彼女の手を引いた。


 喉元でつかえた熱が息を止めて、急かされたようにも感じながら。



「はい、とうちゃ〜く!」

 寝室に入り扉を閉めたところ、彼女は早速ベッドに飛び込んでいた。

 彼女は浴場から戻ってくると、大抵()()しているような……気がする。

 といっても、別に問題はない。いっそ、元気なことが分かり易くて好都合だ。

 コアイもベッドへ歩み寄り、彼女の隣に寝転がる。


「あっそうだ、とりま写真見る?」

 彼女は寝転がったコアイと入れ替わるように身体を起こし、枕元の鞄に手を伸ばした。

 そして一拍ほどの後に、掌ほどの小板を手にして戻ってくる。


「ちょっと待ってね……えっと」

 彼女は枕の上に小板を置いて、その上面を頭指(とうし)でなぞっている。

 すると小板の上面が光り、なにやら映し出していた。


 以前にも見たことがある、彼女の魔術。

 しかし、その魔術にはまだ続きがあるらしく……彼女は何度も板の上で指先を滑らせていた。


「ほらコレ、キレイでしょ?」

 と、彼女が板面から指を離した……板の縁を指差している。

 彼女が指し示す板面には、白い衣装の上から肩を出した人間の女が描かれている。

 それは分かったが、衣装の詳細があまり見えない。


「ん〜、ちょい拡大しよっか」

 コアイが何も言わないでいるためか、彼女は指を板面に戻し……今度は拇指(ぼし)も使って板面をなぞった。


「親指と人差し指で拡大するの、なんか苦手……って王サマに言ってもわかんないか」

 どうやら上手くいかなかったらしく、板面に触れさせた拇指と頭指を離すような動きを数度繰り返す。


「よし、これで見れるでしょ?」

 魔術に成功したのか、彼女は再び指を離した。

 コアイは女の描かれた板面を見つめる……


「……これを、そなたが……そなたに……そなたなら」

 正直な感想が、口に出ていた。

 描かれた女には、興味はない。だがこの女の衣装を、スノウが着ているとしたら。

 彼女に、この衣装を贈れるとしたら。

 この衣装を着た彼女を、一目でも見られるなら。


「きっと美しい」

 間違いなく美しく、きっと嬉しい。

 コアイは心からそう感じていた。


 と、コアイはふと彼女の顔に目を向けていた。


「ってあれ、もう見ないの?」

 彼女の顔を見ながら、先程見せてもらった衣装を想像する。

 彼女があの装いを身に着けた姿を想像する。


 早く、見てみたい。心が躍る。


「あの衣装……素晴らしく精巧に見えた。随分手が込んでいるのだろうな」

「えと……ドレスの作り方はよく分かんないけど、めっちゃ細かくて大変そうだよね」


 作り方……

 そうか、白糸だけでは……糸と、糸で織った布地だけを得られても……まだ足りぬ。


「おーい」


 以前ソディに本を見せて相談したとき……白い布地については知らなかったが、織物の作りについてはそれほど驚いた様子でもなかったような気がしているが。

 一度確かめておくべきか……

 

「ねぇ、王サマ?」


 あまり時間は掛けたくない、が……



「もー」

 ピリっ! と、突然耳から軽い痛覚が走る!

 後、それを上書きするようにあたたかな吐息が耳を()ぜた。


「なんか遠い目しててカッコよかった、けどぉ……」

 気付くと、彼女に片耳を噛まれていた。


「さびしいから、だめー……ね?」

 そのまま耳元で彼女は(ささや)き……しがみ付くように両腕で抱き締めてきた。

 優しく微かに聞こえた声と、はっきり強く捕らえられた感触。

 その間で胸の内が強く跳ねて、熱く焦げて……


 ふたりの夜。

 あたたかく、邪魔もなく、ふたりきり、ふれあって。




 窓から届く雨音で、コアイは目を覚ました。

 スノウは隣で、ぐっすりと眠っている。


 今が朝か昼過ぎかは分からない、分からないが……彼女の目覚めに、軽食くらいは用意してやりたい。

 コアイはそう考えて、枕元の魔術機巧(ガジェット)で人を呼んだ。

 そうしておいて、彼女を起こさないように……そっと立ち上がってローブを羽織るとともに、彼女には布地をかけておく。

 おそらくそう簡単には起きないだろうが。



 取り急ぎ、それぞれの肌を隠して少し待つ……と、戸を叩く音と(しゃが)れ声が聞こえてきた。


「陛下、陛下……お呼びですかな?」

 老人ソディの声を聞いて、コアイは改めて彼女が眠るベッドに視線を向けた。

 寝返りを打った様子もなく、深く眠り続ける彼女の身体は問題なく布地で隠れている。


「入るがいい」

 コアイは念のためにそのことを確かめてから、ソディへ入室を促した。


「早速だが、食事と酒の用意を頼む」

「承知いたしました、今日はこのとおり雨が強く……酒を多めにお持ちしましょう」

 酒を多めに、というソディの気遣いは……今日は出掛けるのに不向きだという意味だろう。


「それともう一つ、婚礼衣装の準備……話は進んでいるか?」

 コアイは早々振り返って退室しようとしたソディを呼び止め、昨夜気になっていた婚礼衣装の仕立てについて(たず)ねてみた。


「ふむ……糸、布地のほうは陛下がよくご存知ですから……話すべきは仕立てのことですかな?」

 改めて向き直したソディに対し、コアイは無言で頷いた。


「ふふ、よくぞお()きくださいました」

 するとソディは笑みを深める。


「取り急ぎ、儂の知る腕利きの裁縫職人たちに声をかけてありますぞ。陛下からお預かりした絵を見せたところ、人間に負けてはおれぬと(いき)り立つ者や、表現技法に驚いたのか早くも刺繍の稽古を始めた者すらおります」

 深い笑みを僅かにも崩さず、ソディは熱弁する。


「また儂の知らぬ名工に心当たりがあれば、急ぎ紹介してくれるように話を付けてあります。職人は何人居ても困りませんからな」

 熱弁は止まない。


「もちろん報酬も多めに約束してあります。陛下が御自ら生地を集めておられるのに、我らが怠けていられる道理はありますまい。エルフ職人の総力を挙げて、王妃殿下の婚礼衣装を仕立ててみせましょうぞ」

 昨日仕上げて更新しようと意気込んでいたのですが、あっさりと寝落ち……情けないし申し訳ない!

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