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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
309/313

彼女のために、巣の内で

 帰りの道中でのことは、まるで覚えていない。

 少しでも早く居城タラス城へと戻り、改めてスノウを()んで……(もてな)そう、と。

 その一心で、東へ東へと馬を駆けさせた。

 しかしその走りは、あまりにも遅く感じられた。以前に何度も使った、馬を猛らせる霊薬が手元にないことを強く悔やむ程度には。


 早く戻りたい、なのに馬の行き脚は鈍く……

 実際に今回乗っていた馬が遅かったかどうかは、誰にも分からない。

 ただコアイには、これまでに乗った馬のどれよりも鈍足に思えた。

 なんなら、別の馬に荷車を()かせたときよりも遅いとすら感じていた。


 広野を横切って、川を渡り、ようやく森へと差し掛かり……そんな道程が、普段よりも長く感じる。

 躊躇いなく森へ入り、林道を抜け、いくつかの村を通り過ぎて……やはり、普段よりも長く感じた。

 早く城へ帰りたいのに。


 それでも、いざ城に着いてしまえば……そんな不満は忘れてしまう。

 城に辿り着けたならば、もはや邪魔者はいない。何時(いつ)でも、()ぐにでも彼女に逢えるのだから。

 コアイは無意識に馬へ加速を促しつつ、急ぎ城門をくぐる。



 城壁の内側を進むと最奥、屋敷の門前に小柄な人影が見えた。


「お帰りなさいませ、陛下」

 まだ少し距離があるうちに、人影は一礼する。


「ずいぶん長いこと、探索なさってましたな」

「貴殿か、どうかしたのか」

 コアイは下馬しながら、人影……老人ソディに声を掛けた。

 帰城時にソディが出迎えに来るのは、さほど珍しくはない。たまたまコアイの帰還を早くに知れたから、外へ出てきただけなのかもしれない。

 ただ、コアイには特に掛けるべき言葉が思い付かなかったので、一先(ひとま)ず用向きを(たず)ねてみた。


「お疲れでなければ……大公殿下より手紙が来ておりましてな」

 ソディは大公フェデリコに関する用だと返答しつつ、滞りなくコアイから馬の手綱を受け取る。


「手紙? あの『接ぎ木』の他に、まだ何か用があるのか」

 しかし、コアイには大公が手紙を寄越す理由がとくに思い付かない。


「いえ、その件のようです。夏が終わる前に、接ぎ木された切り株を持ち出すための下処理をしておきたく許可をいただきたい、また可能ならば立ち会ってほしいとのこと」

「ああ、そのことか……」

 コアイは大公の兵から、切り株を運び出し植え替える前に下処理をすべきだ、と聞いていたのを思い出した。

 しかし、そんなことに立ち会う必要があるのか分からない。


「好きにしろ、と伝えてくれ」

「ふむ、その場には立ち会われますかな? 陛下でなくとも良いとは思いますが」

 立ち会うべき理由は……コアイには分からない。

 大公なりにコアイへ気を遣っているのだろうか? 少なくともコアイの側は、そんなことを気にはしない。


「不要……いや」

 コアイは立ち会いを断ろうとしたが、ふと思い付いて一旦取り消した。


 せっかく彼女を喚ぶのだから……彼女に大木の植え替えについて()いてみるのも良いかもしれない。

 彼女が何か知っていれば、その知識を大公達に伝えてやるか。

 それで、より多くの白糸を得られれば良い。


「明日までに考えておく」

「かしこまりました」

「それから……食事を用意してほしい。二人分」

 コアイはソディの用件に答えつつ、彼女のための食事を手配させようと話を続ける。


「でしたら、酒と風呂の準備もいたしましょう」

 すると老人の目が少しだけ、優しく笑ったように見えた。


「……頼む」

 ソディはおそらく、コアイが彼女への饗しを求めていることを察したのだろう。

 そのことについて、コアイは否定しない……否定できなかった。




「あったか〜い……ねぇ」

 寝室に戻り次第スノウを喚んで、軽く食事したのち……二人は半身を湯船に浸からせながら酒を酌み交わしていた。


「……ふふっ」

 彼女はコアイへ肩を寄せ、軽く身体を預ける。

 湯に暖まった故か、あるいは既に酔いが回りだしているのか……その肌はほんのり紅く染まっている。


「本当は、お風呂入るときはあまり飲まないほうがいいらしいんだけどね〜」

「そうなのか?」

「湯船で寝ちゃって、そのままおぼれる人がたまにいるんだって」

 酒を飲んでも深く酔ったことがないコアイには実感できないが、言われてみればその懸念は正しいように思える。

 飲み過ぎてすっかり潰れてしまった彼女の姿を思い出すと……確かに一人で水場にいたら、眠りながら水底へ落ちてしまう事態はあり得なくもない。


「ま、王サマといっしょのときはだいじょうぶ」

「ああ、そのときは私が救う」

 コアイはとくに意識せず、相槌を返した……が


「ぶっ……っ、ふふっ」

 何故か彼女は吹き出していた。


「ど、どうした」

「いやっそのごめん……ふふっ、なんかツボった」


「あっそういえばさぁ」

 彼女は失笑を誤魔化すように話題を変えようとしていた。


「この前すぐ帰っちゃったでしょ? あのあと友達の結婚式よばれててさ」

「結婚式……」

 人間が行う婚礼のことだと、今は理解している。

 前回の彼女は友人の婚礼に参加するため、帰りを急いでいたということか。


「友達がお父さんに手紙読んでメッチャ泣いてたり、それとドレスがキレイでさ、行ってよかったなって」

 父親……も婚礼に呼ぶのか。いやそれよりも、先ずは……


「ドレス……」

 コアイは彼女の感想を聞いて、何か忘れているような気がした。

 白糸は順調に集められそうだが、本当にそれだけで良いのか……?


「ん、どうかした?」

 と、彼女が首を傾げ、コアイの顔を覗き込む。


「ん……いや、何でもない」

 表情が強張っていたのだろうか。

 何を懸念しているのかも定かでないうちに、彼女に要らぬ心配をさせるべきではない……か。


「あ、あとで写真見せるね……ってかそうだついでに」


 なにがついでなのか分からないが……何時の間にか(うなじ)に手を回され、唇を奪われていた。

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