彼女のためなら、逢えぬ日々は
「ふふ……ありがと、王サマ」
スノウの声が、胸の鼓動を誤魔化すかのように聞こえてきた。
その言葉にやや遅れて、頭上……髪に何かが二、三個落ちてきたのを感じた。
少しくすぐったかったが、彼女はコアイが手を動かすことを望んでいないような……そんな気がして、身動きせず耐えておく。
「その……また、会えるよね?」
次に届いた彼女の声はやけに小さく、弱々しく……どこか震えているように聞こえる。
「勿論だ、日を改めてそなたを喚ぶ」
彼女がコアイの返答を望んでいるかどうかは分からなかったが……これは答えておかなければいけない気がして、はっきりと口に出した。
コアイにとっては、言うまでもなく当然のこと。
当のコアイも、早く彼女に再会したいのだから。
一目彼女に逢い、寄り添って眠り……抱き締めて眠り。
そして今、優しく抱き締められている。
コアイは彼女の存在をはっきりと確かめられて、胸が弾み……とても嬉しく思えている。
確かに、欲を言えば……折角喚んだのだから、もう少し長く二人で過ごしたかったとは思う。
けれど、充分にあたたかい。私は充分にあたためてもらえた。
これで、暫くは淋しさを忘れていられると思う。
それに、また逢えるなら……一時の別れも辛くはない。
必ずまた逢えると、確信しているから。
そう考え込みながら、身体を動かさずにいたコアイの髪にまた……二、三個何かが触れた。
そこへ軽く意識を向けると、コアイの頭を抱えている彼女の手が少し震えているのに気付く。
具合が悪いのか、それとも何か強く思うところがあるのか……コアイには全てを理解することができない。
もし、顔を上げられたなら……彼女の零した涙から、惜別の念を明確に察することができたかもしれないが。
どうかしたのだろうか。身体のどこかが痛むのか、私を離したくないのか。
私と離れたくないのだとしたら、それは嬉しく思える。
帰らねばならぬと言う彼女に、悪いような気もするが。
彼女も、私を離したくないと……思ってくれているなら。
しかし、私は何時でも彼女を喚べる。今日が最後というわけではないのに。
……もしかしたら、彼女にとってはそうでないのかもしれない。
私のような確信が、彼女には持てないのかもしれない。
それで、彼女が苦しんでいるのなら……それは申し訳ない。
私の考えが間違ってないのなら……どうにか、その憂いを払ってやりたい。
コアイは、自然と。
その手持ち無沙汰な両手を、彼女へ伸ばす。
真っ直ぐ伸ばした両腕で、軽く抱き締める。
彼女の腰の辺りに、両腕がそっと巻き付く。
「大丈夫だ、私達は離れても。また直ぐに逢える」
その言葉も、自然と。
しかし、その言葉は。
「ぇ……っ……ヴ〜っ、グズっ……」
彼女は息を呑むような囁きの後、なにやら唸り声を上げた。
その音と同時かやや遅れた頃、コアイは後髪を掴まれているのに気付く。
髪の根元が震えている。彼女の手から伝わる揺れで。
……却って、彼女を苦しませてしまったのだろうか?
「ゔっ、ず、すぐに……会える? 会ってくれる……?」
彼女の声が震えて、濁っている。
普段の澄んだ、軽やかな声が想像できないほどに。
「勿論だ、私達は何時でも、二人で逢える」
コアイにとっては、願望めいたようでいて……確信している言葉。
過去、彼女への手掛かりを失くして……取り戻した時。
あの時以来、疑ったことはない。
あの時以来、失ったことはない。
彼女と逢えるから、この世界で生きていられる。
彼女と過ごせるから、いまも生きる意義がある。
彼女がいるから、あたたかく生きていられる。
それは、いままでも……これからも、けして変わらない。
「大丈夫だ、私達は何時でも想っている、だから……」
コアイは語りかけたその確信が、想いが自分の心中を表しただけのことだと気付いて……口が止まっていた。
「っ、うん……またね、さびしいから……なるはやでっ……」
彼女の震え声が、そこに含まれた言葉が……コアイの胸を貫いていた。
彼女も、淋しいのか。
私と同じように、淋しかったのか。
悪いことをした。
彼女がそう思っているのなら、私は。
私は、彼女にそんな想いをさせてはいけない。
いけないのに。
悪いことをした。本当に……すまない。
「済まなかった、改めて、急ぎ……また逢おう」
コアイの思考は申し訳無さに染まってしまう。
一度くらい、城にでも戻って……彼女を饗そう。直ぐに。
コアイは彼女への心苦しさに支配されたまま、召喚陣を描き……彼女を本来の世界へ帰してやった。
そうしてから間を置かず、宿を引き払い馬を東へと走らせた。
コアイは気が付いていない。
スノウもコアイと同じように、淋しく感じて……想い合っていたこと。
同じように、互いに想っていたこと……
つまりそれは、彼女がコアイに強く恋い焦がれ、深く心から愛してくれているということ。
コアイは未だ、はっきりとは気付けていない。




