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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
307/313

彼女のために、止まり木の先へ

 可愛い、のか。私は。

 彼女にとって。


 何故そう思うのかは分からない。

 まるで分からないが、彼女が喜んでいるのなら……それはとても嬉しい。


 そう感じると、頭がじわりと(ほう)ける。

 身体がふわりと軽く、あたたかくなる。

 水……いや、湯に身体を浮かべたときのように。


 額に、彼女の熱と湿り気が残っているのを感じる。

 だが、少しずつ皮膚が乾いて、熱を冷ましていく。

 それが、気を引く妙なもの足りなさを感じさせて……ふと目線を向けようとしていた。

 己の額など、どんなに目線を上げても見えはしないのに。


「……んぅ〜? どうかした? 王サマ」

 スノウはコアイへ問いかけながら、再び目を細めていた。

 確かに、視線の先……中心には彼女の紅い唇がある。

 ()()も、気にはなる。


「ん……ふふ、かーわい……」

 気になること、もう一つは……コアイを可愛いと言う彼女の声、またその感覚。

 しかしそれを、コアイは問うことができなかった。

 それを問う前に、彼女の唇が再び額に触れて……今度は離れなかった。

 一向に唇が離れない、それに気付いたときには……彼女の身体も寄せられていた。

 首筋には彼女の左腕が、腕には彼女の胴が巻き付くように。

 全身が軽く浮かびながら、少し痺れて揺蕩(たゆた)うようで。

 喉に熱い吐息が引っかかったようで、声が出なくて。


「ぉや……み……」

 微かな声と息が額から流れて、前髪を揺らす。

 声が聞こえなくなっても、漏れる息は変わらず前髪をくすぐる。


 彼女の声がしなくなって、それから何度も吐息を受けた。

 どうやら彼女はまた眠ってしまったらしい。

 彼女がよく寝るのはいつものことだが……普段にも増して、長く眠っている。

 ただ何にせよ、彼女が眠った以上はそれを妨げない。

 それがコアイの信念であり、当然のように為すべき行為、明確な態度である。



 コアイは彼女を起こさぬよう、身動(みじろ)ぎせずひとときを過ごす。

 額に触れる熱と、規則的に髪をくすぐる微風を感じ続けながら。

 それに加えて、彼女に触れた部分全てと、身体の奥のあちこちでじりじりと()きつけられたような焦れを覚えながら。

 それでも、けして彼女の眠りを妨げまいと……肌が震えそうになるのを幾度となく堪えようとしながら。


 赤い落日のさなか、宵闇のさなか、旭光の射し込むなか。

 耐えているようで、心地が良いようで。

 あたたかなようで、灼けてしまうようで。

 心地が良いようで、所在ない眠りのようで。


 そんな一夜を微睡んで、彼女が目覚めるのを待っていた。



 明くる日……朝日の(まぶ)しさは二人の顔まで届かなかったが、少し風が強いようだった。

 まだ暖まりきっていない、冷たい風が窓から吹き込んで……スノウの半身を冷やした。


「っ、さむっ……」

 彼女の身体が揺れた、その振動が抱き寄せた右腕から伝わってくる。


「おはよう、スノウ」

 随分長く眠った、流石に目を開ける頃だろう。コアイは彼女の動きを感じて、先んじて声を掛けた。


「ん、おはよ……王サマ」

 彼女が応えたのを聞いて、コアイは身体を起こしてやる。


「ああ〜よく寝たぁ、めっちゃスッキリしてるかも」

 彼女は間を置かず、コアイに腕を絡める。そうしながら脚をベッドから降ろし、縁に腰掛けた。


「それは良かった」

「ありがと、んで、今日はどうす……あっ」

 絡めた腕を離さずコアイに密着したままの彼女へ顔を向けると、彼女は何かに気付いたのか目と口を丸く開いた。


「あのさ、今日なんにち……あーその、あたし何日寝てた?」

 こう問いかけるということは、彼女にはあまり時間がないのだろうか。


「多分、二日ほどだと思うが……気になるなら宿の者に(たず)ねるか?」

 コアイは彼女を()んで以降、常に付き添っていた。おそらく二晩明かしたはずだが……もしかしたら一日ほど、一緒に眠りこけていたかもしれない。

 だから、誰か人を呼んで訊ねるのが確実だろう。


「うーん……いや、それはいいや」

 が、彼女は少し首を傾げてから横に振っていた。


「何故だ? 何日か……知らなくて良いのか」

 コアイは思わず()き返す。


「んとね、なんつーか……今日は水入らずがいいなって、なんとなく」

 水入らず……他人に干渉されず、コアイと二人きりで居たい……という意味。

 それを求める彼女の真意は良く分からないが、その意図を否定する気はさらさら無い。


「だから、王サマの感覚で、だいたいでいいからさ」

「そうか……此度(こたび)、夜明けを二度は迎えた。だから二日は経っているはずだ」

「げっ……マ? やっぱり? 間違いなさそ?」

 コアイが改めて答えたところ、彼女は顔を引きつらせた。


「なにか、(まず)いのか?」

「あ、うんちょっと時間が……早く帰らなきゃ……」

 彼女はコアイから手を離し、(うつむ)いて両手で頭を抱える。


「あ〜やっちゃった、なんで起こ……起きないのあたし! ありえんバカ!」

 そして語気を強めながら、抱えていた頭を掻きむしっていた。


「帰らねばならぬと言うなら、急ぎ支度をしよう」

 彼女には彼女の都合がある、日を改めよう……コアイは名残惜しさを飲み込んで、彼女を送り帰そうと意を決す。


「あっねえねえ、その前に一個だけお願い……していい?」

 が、彼女は一つ用を済ませたいらしく……なにやら申し訳無さげに、上目遣いでコアイを見つめていた。


「分かった、どうすれば良い?」

 彼女はどうにも、切り替えが早い。

 しかし、それで彼女の気が済むのなら……望みを叶えてやりたい。

 コアイは快諾を示す。


「やったあ! へへ、ありがと!」

 コアイの返答に喜んだのか、彼女はパッと笑顔を咲かせて前に跳んだ。


「あのさ、そこで立って反対がわ向いて……待っててくれない?」

「こう……か?」

 コアイは彼女に従い、ベッド側に身体を向けて直立する。


「うん、そんな感じで……ちょっと待っててね」

 そう言いながら、彼女はコアイの後ろから右へと小刻みな足音を立てる。

 そしてそれが鳴り止むと共に、ベッドの(きし)む音がした。

 彼女はベッドの上を歩き、コアイの前に向き直し……真っ直ぐ両手を伸ばしてきた。



 彼女の、薄く華奢な胸に顔を押し付けられるような格好。

 顔の先から、彼女のものらしき鼓動が届く。

 大きくはないが、強く、早く、澄んだ鼓動。

 彼女も、コアイと同じように胸を高鳴らせている。そのことを、コアイに深く実感させる。

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