彼女のためなら、四刻八刻
先ずは、手を引いて彼女を起こしてやる。
コアイは無意識に微笑みを浮かべながら、意識してゆっくりとスノウへ手を伸ばす。視線は自然と、彼女の顔へ向いて。
そうすると、彼女は強く手を握ってくる。
手を握られたのを感じると同時に、彼女の破顔が目に入る。
身体を起こす、その途中で彼女は手を引くような力を加えて……身体の重みと腕の力を合わせて、身体を寄せるようにしてコアイへ抱きついてくる。
それは、普段どおりのこと。
ただ、その力が少し弱々しかった。
「ん〜……まだねむい、かも……」
そう口にしながら、彼女はコアイに抱きつこうと……と、いうよりは寄り掛かろうとするように身体を預けてきた。
「そうか、ならばもう少し眠るか?」
コアイは問いかけながら、近付く彼女をズレなく、余すことなく正面から受け止める。
彼女の身体を受け止めると……間近に彼女の身体を、存在を感じられる。
当然といえば当然なのだが、それが妙に嬉しい。
嬉しいのに、先程感じたもどかしさは消えない。
消えるどころか、より一層大きくなってしまう。
彼女がすぐ側で寄り添っているのにもどかしい。
その最中にあっても、心のどこかが昂っている。
昂りともどかしさが共にあって、胸を熱くする。
「んー寝てもいいの? 予定とかないなら、いっしょに寝よっか……」
一緒に眠る……なれば今日は、共にいられる。
彼女の言葉からそれを確信すると、胸の内で昂りが優位になって爆ぜそうになる。
胸が熱く揺れて、思わず彼女を抱き締めそうになる。
そんな身体の焦りを何とか抑えて、抱き締めるのではなく……抱き上げる。
「それなら、此処では寝苦しいだろう」
彼女を抱き上げて、冷たい床から柔らかなベッドの上へ移してやる。
もうすぐ夏になる、もしかしたらひんやりした床や壁も心地好い季節かもしれないが。
彼女が身体を痛めないように、良い床で寝かせてやろう。
スノウをベッドに寝かせて、コアイは隣に寝転がる。
そうして何時も通りに、横から彼女を見つめている。
仰向けで薄目を開け、微かに笑んだような顔の彼女。
見つめていると心地好い。ただ今日は何故か、胸の内があたたかなだけでなく……弾んでいる。
「……ぉやふ…………」
彼女がなにかを呟き、それに連れて薄目が閉じていく。
仰向けで目を閉じ、だらりと四肢を投げ出して……彼女は眠っている。
そんな彼女の姿に、安らぎを感じながら……今日は何故か、もどかしかった。
手前に横たわった彼女の右腕、右手。
なんの意識もしないまま、手が伸びてしまった。
彼女から触れてきた、あるいは差し出されたわけでもない。
彼女が求め、あるいは望んでいると理解したわけでもない。
危険、不安から彼女を護るために身を挺したわけでもない。
ただ、そうしたかったような気はする。
ただ、なんの了承も得ぬまま彼女に触れてしまった。
思考の、微かに冷静な部分で、彼女を起こしてしまったのではないかと心配はしたが……手を離すことができないでいた。
動けずにいるうちに、それが取り越し苦労だと気付き……意識が触覚へ集中していく。
彼女の腕を包むように身をすぼませ、背を丸めた。
胸元に抱えた細い腕、腹のあたりに当たるやや骨ばった手。
それ等が触れた辺りから、何かが身体へ染み出してもどかしさを溶かしていくような。
あたたかさと少しの昂りだけ残して、消えていくような。
彼女の姿をぼかしていた湯気や霧が、晴れていくような。
彼女に、自分から触れている。
頬を寄せた肩、胸を寄せた腕。
彼女の存在を、確かに感じる。
あたたかい。少し暑いほどにあたたかい。
少し暑いが、とても安らぐ。彼女の存在。
コアイも何時しか眠っていた。
どれほど眠り続けていたかは分からない。頭だけを持ち上げて小窓を見ると、どうやら薄暗い。日が落ちたのか、あるいは夜明け前か。
どちらにせよ、スノウは目を覚ます様子でない。
コアイは再び彼女の肩へ顔を寄せる。
彼女の顔へ目をやりながら、身体は変わらず彼女の腕を抱え込む……動かせないでいる。
脳裏に、胸の奥に熱を感じる。胸の内は激しく揺れてもいる。
身体を動かさずにいても、もしかしたら……胸の鼓動で彼女を起こしてしまうかもしれない。
そう思えるほどには、胸の内が激しく跳ねている。
そのままの体勢で暫く過ごしていると、小窓から明かりが射し込んだ。夜が明けたらしい。
スノウの様子には変わりがない。
コアイの側も、見た目には変わりがない。
ただ、内心に一点……
昨夜は、彼女の腕を包む身体を動かせなかった。
今は、身体を動かしたくない、離したくないと……はっきり意識していた。
コアイがそんな意識を自覚して、なお彼女に触れたまま……
また暫く後になって、
「っ……ん゛~〜……」
スノウが声をあげながら身体を震わせた。
身体の震えが皮膚に伝わり、とてもくすぐったい。
「おはよう、スノウ」
それを誤魔化すように、コアイは声をかける。
「おはよ、王サマ……ああこっちか」
目覚めたスノウは一瞬コアイの居場所を掴みかねたのか、一拍遅れてコアイを見つめる。
「ってあれ、王サマ……」
「どうかしたか」
と、彼女はなにやら目を丸く見開いた。
「なんか、それ……かわいくない?」
「そ……そうなのか?」
「うん」
そう言って彼女はコアイへ満面の笑顔を伸ばし、額に口づけてきた。
昨夜更新したかったのに途中で寝落ち…すみません




