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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
305/313

彼女のために、堪えきれず

 湿け森沿いの村へ戻ったコアイは、寄り道せず木を植えた一角へ向かう。

 そこへ着くと、以前には見かけなかった人影……村長の姿があった。


「おお、いつもの若旦那か」

 周りには、コアイと村長のほかに誰もいない。となれば、「若旦那」というのはコアイを指した呼び名なのだろう。

 言葉として聞いた印象はまるでしっくり来ない、腑に落ちないものだったが……コアイは何も言わないでおく。

 村長がコアイを何と呼ぼうが、そのことに大して意味はないから。


「アンタが使いやすいように、木の奥側と右側を少し耕しておいたよ。よかったら使ってくれ」

「分かった」

 コアイは一言だけ返して、背負っていた木を地面に転がした。


「礼はいらないよ、手下のあの大男に十分貰ってるからな」

 続けて絡まった枝を外して持ち出しやすいように並べていると、そう言ってから村長は去っていたらしい。

 コアイはそれには目もくれず、淡々と木を一本ずつ植え付けていた。




 三度目の、木の収穫と村への帰還。

 首尾良く目当ての木を見つけて背負い、蒼い森を発つまでは順調であった。

 そろそろ『接ぎ木』をすべき頃合いだろうかと思案しながら森を抜け、高台の岩場を越えようと目線を上げた時……視界の端に月が映った。


 左……西の空から落ちようとしている月。

 コアイはチラリと横目を向けるが、特に気を引かれなかった。


 月が昇ろうが、沈もうが……関係ない。

 夜だろうが、朝だろうが……私がすべきことは変わらない。


 そう考えていた。

 そう考えたところで、視線を行き先に戻せば……何も気に病むことはなかったのだろう。

 コアイは何となく、身体を(ひるがえ)して振り返っていた。視線を戻すのではなく。


 此処(ここ)まで歩き遠ざかってきた、森の縁……それを照らす淡い光。

 南側に、月が見えていた。


 西の空から沈もうとしている月とは、別の月。

 つまり二つの月が、同時に夜空を彩っている。

 季節の変わり目になると見られる、大小の月。


 小さな一つが西端に、それより大きな一つが南に。離れている。

 それぞれ、南と西から淡い光を地に落としている。離れている。

 同じように夜空に浮き、輝きを放つも寄り合わず。離れている。


 その情景は、その場でそれをただ一人目にしたコアイに、おそらくコアイだけが抱くであろう解釈をもたらした。


 遠く離れた、月と月。

 遠く離れた、(スノウ)(コアイ)


 遠く離れて、寄り添えないでいる人と人。

 何時(いつ)かは巡りあい、逢いに行ける彼と私。

 そう、何時かまた逢える。分かっている。

 それでも、いま離れていることが淋しい。

 彼女のために、独り歩んでいる筈なのに。


 さみしい、とても。

 さむい、少しだけ。



 胸の内をぐいと押し込まれ、潰れてしまいそうな感覚。

 ()()が膝を折り、岩場の陰に腰を落とさせる。

 ()()が腕を制し、胸元に両の手を添えさせる。

 と、胸元に手をやったことで……存在を思い出す。

 幾度となく見つめ、目に焼き付けた彼女の肖像画。


 紙にしては艶やかで硬い一片を、懐から取り出す。

 眼前に差し出し、そこから目を離さずに寝転がる。

 寝転んだ向きが悪く、逆光で彼女の笑顔が見えず。

 そう気付いた途端、寝返りを打って月光に照らす。


 月光に優しく照らされた彼女の笑顔。

 コアイの心身へ優しくあたたかな光。


 月光を照らし返す輝きが、身体中に拡がっていく。

 けして大きくない一片が、全てを包み込むように。


 誰もいない、音もない、月明かりだけが輝きを主張する夜空の下で……彼女の存在に身を浸からせたようで。

 普段のコアイなら、()()で十分に癒されたのだろう。

 寝返りを打ったことで、背負っていた木の枝が何本か折れたことにも気付かずに……(ほう)けていられただろう。


 ところが、この日は……むしろ、彼女の存在を実感することで心が昂ってしまった。


 逢いたい。寄り添いたい。抱き締めたい。抱き締められたい。


 あいたい。



 思考からスノウが離れない、というよりは最早……彼女を振り払おうと意識することすらできない。

 コアイにできることは、街へ戻るまで彼女を()ぶのを(こら)えること、それだけだった。



「村長、村長はいるか!」

「あいよ、ちと待ってくれ〜」

 急ぎ村まで戻ったコアイは、焦りを隠せなかった。


「朝から元気だねえ、若旦那!」

「馬を借りる、それと木を植えておいてほしい!」

「お……おう、分かった、任せてくれ」

 村長も、普段とは違ったコアイの様子に少し戸惑ったようだが……今のコアイに、そんなことを気に掛ける余裕などない。

 コアイは立ち止まることすらなく、背負った木を降ろすが否や村長が連れてきた馬へ飛び乗った。 



 馬に乗って、心を惑わせながら西へ駆けて……数日後、目についた街へ駆け込んで……宿屋の一室を押さえて。


 此処(ここ)まで場が整えば、もう何の問題もない。

 彼女は(つつが)無く、召喚陣(ペンタグラム)の中心に現れる。

 彼女が目を開けるのが待ち遠しく、待ち遠しくもけして急かさず、起こさずに待ち続けて……

 

「んあ……おはよ、王サマ」

「おはよう、スノウ」

 心の内を躍らせながら、彼女の目覚めを迎えた。


「あれ、どったの? 今日なんか……悲しそう?」

「そ、そうか?」

 悲しくはない。むしろ、逢えて嬉しい。

 ただ、少しもどかしい感じはしている。

 それが何故なのか、よく分からないが。


「テンション低めなのはいつもどおりだけど、なんとなくさ……まあいいじゃん、とりま起こして!」

 更新が遅れに遅れてしまいました。

 本当に申し訳ないと思う…すみません

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。お疲れ様です。 尊い姿を見れて感謝! 供給していただけるだけで感謝しております。 ありがとうございます。
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