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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
304/313

彼女のためなら、三度四度とも

 もう少し早く更新したかったのですが、申し訳ありません

 泥水の底から泥濘(ぬかるみ)の上、次には湿け森と……泥の底を抜けて南下し続けると、少しずつ周囲の水気が減る。

 更にその先、一旦湿け森を抜けて岩場を登ったところで眼前に見渡せる森()()()森……緑の(あふ)れる森へ入っていけば、目的地は近い。


 隙間も(まば)らなほどに緑葉の拡がる森の中、そこで低木の多い一帯を探す。

 前回、目当ての木……名も知らぬ、枝の高さと生やす葉の形くらいしか知らない樹木……それを見つけた、同じような場所を探す。

 今になって、目印を残しておけば良かったかと省みながら。


 木々の間を(しばら)く歩き回って……夕方頃、目安にしている低木の多い一帯を西側に見かけた。

 暗緑の壁に穴が開いたような一角から、夕焼け空の朱が射し込んでいる。

 そんな一時の風景に、ふとコアイは思い出す。


 この景色、もしかしたら……彼女は気に入るだろうか。


 一度はそう思い浮かべたが、考えを打ち消す。


 この、他に何も無い場に()び付けて見せるほどのもの……でもないか。

 城の近くでも、探せば似たような場所があるかもしれず。


 そう思いながらも、間近で微笑むスノウが西日に照らされて紅く色付く姿を想像してしまい……少し胸が弾むのを感じてしまう。

 コアイはそれを打ち消すように強く踏み出して、低木の密集地へ向かった。



 身を寄せ合うように生えた低木はどれも、枝々に葉を付けている。

 その葉は概ね、以前に大公から渡された見本絵のとおり……規則的にうねりながら三叉に分かれたような姿をしている。

 また葉の上では時折小さな虫がもぞもぞと(うごめ)き、ゆっくりと葉の端へ動いていくのが見えた。

 一度虫から目を離し、改めて葉の輪郭を眺めると……端の所々で形が乱れている。この虫が(かじ)っているのだろう。


 この葉を食べる虫が、森の側にもいるらしい。

 なればこの虫達にとっては、大事な糧らしい。


 だが、この木は持っていく。

 私にとっても、この木は大事な糧になるから。

 いや、糧どころではない。最も大事なものだ。

 彼女のために、得なければならぬものだから。



 コアイは今回も、魔術で木の周りの地表面を吹き飛ばしてから木を引き抜くことにした。

 前回は沼地まで手に持って歩いたため持ち帰ったのは二本だが、今回は始めから背負うことで三、四本持ち帰ることにする。

 それを考慮して……予め広めに、但し根を傷付けぬように弱く弱く風刃を地面に当てておく。

 そうして引き抜けた木は握ったまま軽く揺らして、虫を落とした。木に付いたままでも邪魔にはならないだろうが、連れて行く道理もない。


 コアイは結局三本の木を背負ったところで、四本運ぶと森を抜けるのに邪魔そうだと感じて……一本には土をかけて植え戻した。

 そして早々に北上し、湿け森の先の村まで帰った。

 村へ戻っても、特に休息を取ることもなく持ち帰った木々を植え替えて、()ぐに森へと舞い戻る。



 臭い、臭い。臭い!


 村から森へ引き返し、再度泥水の溜まった沼地に差し掛かったところで……コアイは不快感を確信した。

 以前よりも更に強く、カビた古書を鼻先に当て続けられるような不快感。それも、(ぬめ)ったような生臭さを伴って。


 恐らくは夏が近付き、更に温度が高くなったせいだろう。

 だがそんなことは、どうでも良い。()(かく)()()に触れていたくない。


 コアイは悩む間もなく、一穴の割り込む余地すらない特異点『聖域(ブルカン)』を生み出し、そこに立て籠もる。


 コアイは沼の底へと歩を進めて、ふと……またも彼女を想う。

 前後左右、加えて上方も色合いの乏しい、泥混じりの殺風景な中で……コアイはスノウの寝顔を思い浮かべていた。


 彼女の寝顔。

 ()んだ直後、沈んだ様子の彼女の寝顔。

 良い酒を飲んで酔い潰れた彼女の寝顔。

 二人の夜のあと、深く眠る彼女の寝顔。


 さまざまな……少しずつ違った表情をした彼女の寝顔を思い浮かべている。


 そうしていると、独りぼっちの『聖域』の中でも胸の奥にあたたかさを感じる。


 それに気付いて、笑みを漏らしてしまう。


 それを向ける相手のいない、色気のないこの場所で……失笑してしまう。

 失笑しつつ、それが止むと同時に……微かな切なさと(さみ)しさに気付いてしまう。


 その声と想いは、一人しか存在しないこの『聖域』に、切望が生まれていることを示していた。


 彼女の笑顔。

 安らかな、あるいは苦しげな彼女の寝顔。

 何時(いつ)も安らかでいてほしい、彼女の寝顔。

 二人だけの時間を実感する、彼女の寝顔。


 彼女の寝顔はどれも、私の火種。

 常に、私を奮い立たせてくれる。

 強く高く熱く、私を突き動かす。



 コアイは胸を熱く、あるいは少し焦がしながら……沼地を抜け、蒼い森に入り、木を抜いて……村へ持ち帰った。

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