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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
302/313

彼女のためなら、二度ならずとも

 何も言わず、一人静かに南へ歩き出した。

 村を出て、森に差しかかり……踏み入ろうとした頃。


「お〜い、待ってくれぇ〜〜」

 低く響く声でコアイを呼び止める者がいる。


「おーい、王様ぁ〜」

 力強い足音を伴いながら背に届くその声は、何度となく耳にした馴染みのもの。

 コアイは足を止めて振り返ってやる。


「……どうかしたのか」

「ふう……済まねえ、帰る前に言伝(ことづて)しておきたくってな」

 近頃は暖かくなった、その中で走ってきたからだろうか……アクドは額にうっすら汗を浮かべている。


村長(むらおさ)に金を渡して、木と馬の世話を頼んでおいた。だから木を持ち帰れたら、前のと同じ場所に植えといてくれ」

 コアイが南の森へ向けて歩いているうちに、後のために手を回してくれたらしい。


「それと、馬は周りの街へ行くときでも城に戻るときにでも、王様がいつでも好きに使えるように預かっててくれと話しといたよ」

「そうか、助かる」

 南の森へ行く分には馬は不要だが、居城タラス城へ帰るときには馬があったほうが良い。

 徒歩では、寄り道せず城に帰るだけでも長旅になってしまう。


「村長は馬を飼うには草が足りないとか言ってたが、多めに金を渡しといたからなんとかしてくれるだろ……まあそれはいいか、俺からはそんだけだが……」

 と、アクドは少々不安なことを言いつつ……それとは関係なさげに振り返った。


「あ、あれ? あいつ付いてきてないのか? ……あっ」

 振り返って妙なことを口走ってから、何かに気付いて大きく手を振る。

 その先には、小さな人影が一つ……此方(こちら)へ向かってくる。


「人を連れてきたのか」

「ああ、あの木に詳しい兵士が一言伝えたい、って言うから二人で走って追いかけようって……声掛けてから来たんだがなぁ」

 どうやら樹木に関し豊富な知識を持つ大公の兵……ゲルセムと呼ばれていた人間を連れてくるつもりだったらしい。


「あんなに後ろだとは思わなかった……ま、はぐれなかったからいいよな……」

 言い訳じみたことを言うアクドに、コアイは特に何とも応えなかった。



「す、すみません。遅くなりました」

 人間の兵はコアイの前、十歩ほど離れた辺りで足を止め、両手を身体の横に真っ直ぐ付けた格好で直立する。


「そんな改まらなくても大丈夫だよゲルセムさん、というか俺のほうこそ置いていって悪かった」

 口元に力がこもり、むんずと口を閉じた表情。

 アクドはそこにやや緊張の色を感じたのだろうか、先んじて兵士に一声かけた。


「いえ……こちらこそ」


 遅くなったとはいうが……額の汗こそずいぶん多いが、此処(ここ)まで走って激しく息を切らした様子でもない。

 アクドより鈍足なために遅れた、というわけでもないのだろう。

 そこに何らかの目論見がないとも限らぬが、この兵……微かに魔力を宿しているようだが、アクドの魔力とも比較にならぬほど弱々しいもの。

 何を企んでいたとしても、何をしでかそうとしても……問題はないだろう。


 コアイは多少の疑いを抱いたものの、別段警戒はしなかった。


「何用だ? 私に何か伝えたい、と聞いたが」

「はい、次に『接ぎ木』をなされる際に、一点……僭越(せんえつ)ながら、お願いいたしたく!」

「話すが良い」

 『接ぎ木』の話、か……少し疑りすぎただろうか。


「ありがとうございます。できれば、で結構ですが……可能な限り、枝を挿す木を選んでいただきたいのです」

「どのような木を選ぶのが良いか」

「はい、そうですね……第一には枯れていないこと、これは陛下に言うまでもないことでしょうが、もう一つ……」

 兵士は体勢を崩さぬまま、コアイとアクドへ交互に目を向ける。


「なんと言えばよいのか、陛下の背丈に近いくらいの……ただしアクド殿の頭よりは低い木を、なるべく選んでいただきたいのです」

 どうやら、あまり大きな木を『接ぎ木』に用いてほしくないらしい。


台木(だいぎ)の高さに留意せよと言うのか、それは何故だ」

「大きく育った木は、植え替えるのに手間がかかるんです」

「それは、運ぶ手間のことか?」

 確かに、あの大きな切り株を大公の領地まで運ぶのは骨が折れそうだが。


「それもありますが、大きく育った木は植え替える前に根っこをいじってやらないとうまく根付かないことがあるのです」

「あ、そういやさっき、根っこの下準備をしてから運び出すほうがいい……とか言ってたよな」

「はい、若い木なら掘り出したまま植え替えるだけでも問題なく根付きますので、できれば……」

 兵士の言には、スノウからも聞いていない知見が含まれていた。


 彼女の知らぬことなのか、単に『接ぎ木』の際に手頃な台木が見当たらなかったために言いそびれたのかは分からないが……

 どちらにしろ、敢えてこの兵の助言に逆らう意義はなさそうに思える。


「といっても、低い木だから若い木、とも限らねえよな?」

「そうなんですが、そこまで陛下のお気を煩わせるのは申し訳ないので……大きくなりそうな若木、である可能性が高いものを……」

「それは、ただ低い木を選ぶのでは良くないということか?」

「大きすぎる木よりは、低い木のほうがよいのですが……あまり低い木だと枝を挿すのが難しくなるはずです」

「それもそうか、低い木だと幹や枝が細くなるもんな」


 ……あまり詳しく()いていると、日が暮れそうだ。

 コアイはそろそろ話を切り上げて、急ぎ森へ入りたくなってきた。


「台木の話は分かった、極力気を付けよう」

 森へ急ぎたいという心の求めに、素直に従い……コアイは二人に背を向けた。


「あ、ありがとうございます!」

 兵士の声を背に受けて、特に応えはせず。


「王様なら大丈夫だろうけど、いちおう気を付けてな!」

 アクドの声も背に受けたところで、右手を上げて軽く振ってやった。

 されど歩みを止めることはなく、湿気た森の中へ真っ直ぐ踏み込んでいく……

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