表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
301/313

彼女のために、待つだけならば

 昨夜か今朝には投稿したかったのですが……遅くなり申し訳ありません

 どちらにしても、葉の量に不足があるというならば……今、此処(ここ)で大公達を急かしても意味はないのだろう。


 それに、あの人間は「今年は」と言った。

 つまり、一年待てば……来年ならば今とは状況が異なるだろう、という見立てか。


 で、あれば……今は下準備の時期だと考えるべきだろうか。

 むしろ、来年に抜かりなく十分な量の葉、ひいては白糸を…………



 コアイは一言(つぶや)いたのち、再び黙考していた。


「ふむ……人手の問題はひとまず置いておいて……得られるモリモスの量に置き換えて考えると、どうなる?」

「すみません殿下、白糸(つむ)ぎのほうは私にはよくわかりません」

「それもそうか、悪かった。だがそうなると……」


 大公が配下の兵と話し込んでいる。

 どうやらコアイの呟きは聞こえていなかったようだが……コアイはそこへ口を挟むでもなく、耳を傾けるでもなく……一人考えを巡らせる。


 一年も待つのなら、ただ座して待つことはない。

 何か出来ることはないだろうか……



「あまり楽観視はせぬほうがよいか」

「私には、今年採れる葉の数はさほど増えないだろう、としか……言えません」


 人間二人の会話に、少しの間が空いた。

 それに気付いた瞬間、コアイの口が動いていた。


「では、多くの葉が()るように、更に木を増やすか」

 無意識の声は、先の呟きよりは大きな声だったように自身の耳まで響いていた。


「ん? ああ失礼した、陛下」

「それがですね……あ、っと……発言してもよいですか?」

 その印象通り、コアイの声は人間二人を振り向かせていた。


「……話すが良い」

 玉座でもないこの場で、そんなことを気にするものか? と抱いた微かな呆れをコアイは押し殺す。そして静かに兵士の具申を認める。


「はっ……この『接ぎ木』だと、生きた枝が何本増えても……まだ短すぎて、今年はそれほど葉を付けないはずです」

 兵士の声は少し強張ったものに変わっていたが、その主張ははっきりしている。


「それは、来年、またはその先も同じか」

 コアイは、ぼんやり浮かんだある策を思い浮かべながら問いかける。


 一年、あるいは数年待てば役立つ……のであれば。

 この樹木に詳しい兵士が、そう見立てるのであれば。


「いえ、来年には枝が伸びて、今年よりも多くの葉を付けるはずです。十分な量を得られるかどうかまでは分かりませんが……」

「そうか、分かった」

 おそらく、『接ぎ木』というのは本来……()ぐにどうこうというよりも、来年以降の収穫に活きる手法なのだろう。

 コアイはそう解釈していた。


 ならば、座して(いたずら)に時を過ごすよりは……

 出来ることをしよう。少しでも足しになることを。


「良し……なれば今一度『接ぎ木』をしよう」

 そう口にしたとき、目尻に力がこもるのを感じた。


「いや、一度とは限らぬ。今年は葉を得るよりも、少しでも多く、葉の生る木を増やす……」

 続けて口にして、胸の内に何かの存在を感じた。


「なるほど……」

「ですが、もう切り出せる枝がないのでは?」

「無論、再び取りに行く。そして『接ぎ木』を行う……私ならそれができる」

「おお、既に育った木を得つつ、『接ぎ木』で枝木も増やせるか……そうしていただけるなら、まこと有り難い!」



 大公一行は、今回は二本の若木のみを持ち帰ることにして、移植の準備に取り掛かった。


「そうだ、一つ陛下にお願いしたいことがある。もちろん、無理にとは言わないが」

 大公が一度襟を正し、軽く膝を曲げて体勢を低くしながらコアイに話しかけてきた。


「この『接ぎ木』の技法……我が国の、我々以外の人間には伝えないでほしいのだ」

「伝えず、教えず……秘しておけと言うのか」

「もちろん、陛下の国内でも隠してくれとは言わぬ。そもそも、そんな権限は私には無いがな」

 大公はそう言って、口角の片方を上げてみせる。

 が、コアイが何の反応もしなかったのを見てか……


「ん……要は、だ」

 大公は少し眉を寄せながら……だろうか、咳払いを一つ挟んだ。


「陛下の国では、陛下が好きに決めてくれればいい。だができれば、我が国にこの技法が伝わるのを……」

「つっても、完全に隠し通すのは無理じゃねえかな?」

 久しぶりに、アクドの野太い声が聞こえた。


「あ、すまねえ、つい」

「アクド殿なら構わんよ。まあ実際のところ、多少はどこそこから漏れて……広まっていくだろう、それは致し方ない。だが伝播を遅らせることはできる」

「遅らせて……どうなるんだ?」

「ひとまずこの技法を独占しておいて、儲ける方法を考える時間を作っておくのさ。幸いこちらには、果樹に詳しい者がいる」

「そんなことは、貴公の好きにすれば良い。私も他人に教えるつもりは無い」


 そもそもが、自身の知見ではなく……スノウが教えてくれたことなのだから。

 彼女のためになる場合でなければ、人に教えるどころか見せることもしない。


 と、少しスノウのことを考えたところ……コアイの脳裏に気掛かりが生まれた。



 来年まで……自分が待つのは良い。

 仮に、何の気晴らしや退屈しのぎもない日々だとしても……そんなことには慣れている。

 だが。

 彼女を待たせるのは、苦しい。

 仮に、この他の(あら)ゆる楽しみ、歓びを与えられたとしても……十分ではない気がする。


 彼女への贈り物……早く手に入れて、早く渡したいのに。

 彼女の喜ぶ顔……早く見たい、早く向けられたい。

 もどかしい。待ち遠しい。少し、辛い。



「ん? どうかなさったのか、陛下?」

 そんな、コアイの心中を察したのだろうか?

 大公の声が聞こえてきた。


「大公さん、大丈夫だよ王様はいつもこんな感じさ」

 そんなコアイを気遣ったのか、それとも大公の気遣いを好ましく捉えたのか?

 野太い声の軽口が聞こえてきた。


 しかしそれらは、問題ではない。

 コアイは一人、南の森へ向かって淡々と歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ