彼女のために、待つだけならば
昨夜か今朝には投稿したかったのですが……遅くなり申し訳ありません
どちらにしても、葉の量に不足があるというならば……今、此処で大公達を急かしても意味はないのだろう。
それに、あの人間は「今年は」と言った。
つまり、一年待てば……来年ならば今とは状況が異なるだろう、という見立てか。
で、あれば……今は下準備の時期だと考えるべきだろうか。
むしろ、来年に抜かりなく十分な量の葉、ひいては白糸を…………
コアイは一言呟いたのち、再び黙考していた。
「ふむ……人手の問題はひとまず置いておいて……得られるモリモスの量に置き換えて考えると、どうなる?」
「すみません殿下、白糸紡ぎのほうは私にはよくわかりません」
「それもそうか、悪かった。だがそうなると……」
大公が配下の兵と話し込んでいる。
どうやらコアイの呟きは聞こえていなかったようだが……コアイはそこへ口を挟むでもなく、耳を傾けるでもなく……一人考えを巡らせる。
一年も待つのなら、ただ座して待つことはない。
何か出来ることはないだろうか……
「あまり楽観視はせぬほうがよいか」
「私には、今年採れる葉の数はさほど増えないだろう、としか……言えません」
人間二人の会話に、少しの間が空いた。
それに気付いた瞬間、コアイの口が動いていた。
「では、多くの葉が生るように、更に木を増やすか」
無意識の声は、先の呟きよりは大きな声だったように自身の耳まで響いていた。
「ん? ああ失礼した、陛下」
「それがですね……あ、っと……発言してもよいですか?」
その印象通り、コアイの声は人間二人を振り向かせていた。
「……話すが良い」
玉座でもないこの場で、そんなことを気にするものか? と抱いた微かな呆れをコアイは押し殺す。そして静かに兵士の具申を認める。
「はっ……この『接ぎ木』だと、生きた枝が何本増えても……まだ短すぎて、今年はそれほど葉を付けないはずです」
兵士の声は少し強張ったものに変わっていたが、その主張ははっきりしている。
「それは、来年、またはその先も同じか」
コアイは、ぼんやり浮かんだある策を思い浮かべながら問いかける。
一年、あるいは数年待てば役立つ……のであれば。
この樹木に詳しい兵士が、そう見立てるのであれば。
「いえ、来年には枝が伸びて、今年よりも多くの葉を付けるはずです。十分な量を得られるかどうかまでは分かりませんが……」
「そうか、分かった」
おそらく、『接ぎ木』というのは本来……直ぐにどうこうというよりも、来年以降の収穫に活きる手法なのだろう。
コアイはそう解釈していた。
ならば、座して徒に時を過ごすよりは……
出来ることをしよう。少しでも足しになることを。
「良し……なれば今一度『接ぎ木』をしよう」
そう口にしたとき、目尻に力がこもるのを感じた。
「いや、一度とは限らぬ。今年は葉を得るよりも、少しでも多く、葉の生る木を増やす……」
続けて口にして、胸の内に何かの存在を感じた。
「なるほど……」
「ですが、もう切り出せる枝がないのでは?」
「無論、再び取りに行く。そして『接ぎ木』を行う……私ならそれができる」
「おお、既に育った木を得つつ、『接ぎ木』で枝木も増やせるか……そうしていただけるなら、まこと有り難い!」
大公一行は、今回は二本の若木のみを持ち帰ることにして、移植の準備に取り掛かった。
「そうだ、一つ陛下にお願いしたいことがある。もちろん、無理にとは言わないが」
大公が一度襟を正し、軽く膝を曲げて体勢を低くしながらコアイに話しかけてきた。
「この『接ぎ木』の技法……我が国の、我々以外の人間には伝えないでほしいのだ」
「伝えず、教えず……秘しておけと言うのか」
「もちろん、陛下の国内でも隠してくれとは言わぬ。そもそも、そんな権限は私には無いがな」
大公はそう言って、口角の片方を上げてみせる。
が、コアイが何の反応もしなかったのを見てか……
「ん……要は、だ」
大公は少し眉を寄せながら……だろうか、咳払いを一つ挟んだ。
「陛下の国では、陛下が好きに決めてくれればいい。だができれば、我が国にこの技法が伝わるのを……」
「つっても、完全に隠し通すのは無理じゃねえかな?」
久しぶりに、アクドの野太い声が聞こえた。
「あ、すまねえ、つい」
「アクド殿なら構わんよ。まあ実際のところ、多少はどこそこから漏れて……広まっていくだろう、それは致し方ない。だが伝播を遅らせることはできる」
「遅らせて……どうなるんだ?」
「ひとまずこの技法を独占しておいて、儲ける方法を考える時間を作っておくのさ。幸いこちらには、果樹に詳しい者がいる」
「そんなことは、貴公の好きにすれば良い。私も他人に教えるつもりは無い」
そもそもが、自身の知見ではなく……スノウが教えてくれたことなのだから。
彼女のためになる場合でなければ、人に教えるどころか見せることもしない。
と、少しスノウのことを考えたところ……コアイの脳裏に気掛かりが生まれた。
来年まで……自分が待つのは良い。
仮に、何の気晴らしや退屈しのぎもない日々だとしても……そんなことには慣れている。
だが。
彼女を待たせるのは、苦しい。
仮に、この他の汎ゆる楽しみ、歓びを与えられたとしても……十分ではない気がする。
彼女への贈り物……早く手に入れて、早く渡したいのに。
彼女の喜ぶ顔……早く見たい、早く向けられたい。
もどかしい。待ち遠しい。少し、辛い。
「ん? どうかなさったのか、陛下?」
そんな、コアイの心中を察したのだろうか?
大公の声が聞こえてきた。
「大公さん、大丈夫だよ王様はいつもこんな感じさ」
そんなコアイを気遣ったのか、それとも大公の気遣いを好ましく捉えたのか?
野太い声の軽口が聞こえてきた。
しかしそれらは、問題ではない。
コアイは一人、南の森へ向かって淡々と歩き始めた。




