彼女のためなら、智も力も
先のざわめきとは別の方向からも、話し声が聞こえてきた。
「これは……まさか、そんなことができ……」
「前から芽吹きかけてた枝、ってわけじゃないのか?」
どうやら、芽を出しつつある枝がいくつか見つかったらしい。
「いくらなんでもそれは……ないだろ?」
「芽吹きかけてる枝を切って遊んでたなんて、子供みたいなこと言って……またあきれられても知らねえぞ」
「あ? 何日前のことだよ、うっせえな」
こちらの会話は少し横道へ逸れかけているようだが、それはコアイにとってどうでも良い。
まだコアイが確かめてない切り株で、接いだ枝に緑の芽が付きつつある……『接ぎ木』をした際には、そんな枝は一本も無かったはずだが。
コアイは大公の兵たちが囲んでいる切り株の一つへ歩み寄る。
「どこに芽が出た」
そして兵たちの様子を特に気にせず、首を突っ込んだ。
「うお!? し、失礼しました!」
兵たちは慌てて飛び退いたかのように顔を引っ込めて、切り株から一歩下がった辺りで跪いた。
「どうぞ、お先にご覧ください」
大公から言い聞かされているのだろうか、兵たちの様子は随分と恭しい。
「真ん中の枝先に芽が出ています」
「それと、まだ微かですけど右の枝にもそれっぽいものが……」
兵たちからすれば、丁寧に報告したつもりなのだろう。
が、コアイは芽吹きを探す楽しみを奪われたような気分になって、思わず兵たちを睨んでいた。無言のまま。
「うっ……」
「あ、その……」
兵たちの顔は固まって、あるいは強張っている。
ただ、そこに強い恐怖や絶望感といった色は見えない。
この兵らは、何を思っているのだろうか。
とは言っても……やはりコアイにとっては然程意義のないことだが。
そんなことはどうでも良い、とにかく接いだ枝の様子を確かめたい。
「はぁ〜……美形すぎてもう怖いな……」
「なんかわかる」
コアイは漏れ聞こえた声には触れず、先ず芽を見つけ易そうな真ん中の枝の先端へ目をやった。
そこには確かに、枝とは異なる何かがポツンと付いている。
枝の黄みがかった灰色とは異なる色の、塊のような緑色が。
皺が寄っているような、否、襞が幾重にも重なった緑の塊。
長い生涯で、こうして注視したことは……過去になかったかもしれない。
此処から、おそらくは枝葉が……伸びていくのだろう。
「陛下、お聞かせ願いたい……これが、陛下の狙いか?」
と、コアイを呼び止める声がする。この物言いと声色は、大公だろう。
「ああ、上手く行けばあの木と同じ葉が生える」
コアイは視線を移さずに答える。
「そ、そんなことが可能なのか」
「これを『接ぎ木』という」
技法の名を伝えつつ、情報は小出しに……伝える内容を考えながら、矛盾がないように。
彼女の……スノウの影を感じさせないように。コアイ自身の知見として、伝わるように。
「……見ての通り、必ず実を結ぶわけではないようだが」
「なんと……」
「こんな技法、一体どこで……」
「過去、話に聞いたのを思い出して……記憶を頼りに模倣してみた」
大公以外の声にも、コアイは答えていく。
嘘は吐いていない、一月ほど? 前にスノウから聞いた話ではあるのだから。実際に指導も受けてはいるが。
「……つまり、切られた枝は枯れていない……?」
「ってことになるよなぁ……こいつぁたまげた、王様とんでもねぇな」
アクドの野太い声も加わった。主だった者は大体集まってきたらしい。
「話に聞いた、ってことは……どこかの村に残ってるかもしれない?」
「いや、俺のおじさんでも知らなさそうだったけどな……」
「ふむ、農業、といえば……オービィ男爵の手記が詳しいだろうか」
と、コアイの周囲では何時の間にか……集まった面々がめいめいに囁きあい、あるいは独り言ちている。
「この方法、変に広まったら……凄いことになるんじゃ」
「……書庫といえば、ストックウェル西方侯だったか? あのドラ息子、まだ処分してなければいいが……久しぶりにたずねてみるか……」
どうやらコアイは、もはや各人の思考の外へ追いやられていたらしい。
それはそれで、『接ぎ木』について深掘りされないのは好都合だが。
コアイはそっと場を離れ、枝を接いだ別の切り株をあらかた確かめておいた。
緑を付けた枝は、半分よりは少ない……だろうか。
「ああ、忘れていた!」
コアイが接ぎ木した切り株を全て見終えてから暫くのち、突然声を上げる者がいた。
「陛下、この切り株も頂いて良いのか?」
どうやら大公が、今日の目的を思い出したらしい。
「勿論だ、これで目当ての葉が増えるだろう」
コアイには断る理由がない。
「あ、僭越ですが、お待ちください殿下」
「ん? どうしたゲルセム」
と、眉を寄せた兵が歩み出た。
「この大きさの株だと、今回は持ち出さないほうがいいかもしれません」
「む、なにか知っているのか……流石だな」
どうやらこの男は、大公の兵たちのうちでも特に樹木に詳しい者らしい。
「はい、この大きさの株だと……根っこの下準備をしてから、秋か冬ごろに運び出すほうがいいです」
「ふむ……しかしそれでは、今年は葉を得られぬな」
「どちらにしても、今年この株から取れる葉はそんなに多くないと思います」
「うむ、確かに枝がまだ少ないか……」
「それに、全部の株を運び出すにはちょっと人手と車が足りない気もします」
どうやら、まだ問題が残っているらしい……
コアイは少し離れた所で、二人の話を静かに聞いていた。
そうしているうちに、コアイにある案が浮かんで……ふと口に出ていた。
「ならば今年は葉を取るよりも、葉の生る木を増やすことに注力……」




