彼女のために、虚実は添えて
コアイは何を言うでもなく、様子を見ている。
「はあ、人間はそんな方法も使うのか……アイツなら知ってるかな?」
と、大公たちとは別の側からも声……独り言が聞こえた。
「もしかしたら、ワイン用のブドウとかにも……帰りに寄り道して、話してみるか……」
口ぶりからすると、アクドだろうか。
が、そちらへ特に目線を向けたりはせず……暫くは黙っておく。
「よし、たずねてみようか……陛下よ」
「あっ、けどよ王様」
左右から同時に声がかかる。
「む……ふむ、先にたずねられよ、アクド殿」
「いいのかい、大公さん?」
「まだ木の根を掘り出してもいない、まだまだ時間はあるだろうて」
大公が先を譲ったらしい。
「なあ王様、今回は果物の生りをよくするってわけじゃないんだろう?」
それに従って、アクドがコアイに問いかける。
「この木の、葉っぱを多く集めたいって話じゃなかったか? それなら、枝が多いほうがいいんじゃないか?」
「下側の枝を落とした理由が分からぬ、ということか」
「ああ、せっかく生えてた枝を切るのはもったいない気がしてさ」
やはり、何故木の枝をいくつか、それも下部から切り落としてあるのか……その点が疑問らしい。
そこまで問われたなら、答えを……取り繕うようなものであっても、何かしらの説明は必要だろう。
それも、極力……スノウの知恵、知見を目立たせぬように、けして彼女を危険に晒すことのないように。
如何なる理由であっても、僅かな可能性であっても……無用な懸念は、避けられるように。
そのために、どんな答えを示すか…………
「私も、似たことを尋ねたかった」
コアイが答えを考え付くより早く、大公が口を開いていた。
「と、いうと?」
「枝を減らすことで、残った枝に力を集中させる。それによって枝に茂る葉の数を増やすという狙いでよいのか、とな」
コアイは一先ず、大公とアクドの話を遮らずに自分の答えをまとめることを優先しようと考えた。
「そう、なるのか? 枝自体が減った分、葉も減る……ような気がするんだがなあ」
「例えば、三つの枝に三枚ずつ葉が付くところ、枝を一つ切ることで二つの枝に五枚ずつ葉が付くようになる……と仮定すると」
「葉の数は九枚と十枚、か……そうなるなら得だよな、けどよ大公さん」
二人の対話は要領を得て、つらつらと論が進んでいる……らしい。
であれば、その流れを止めず、理解のままに話を進めてしまうのが良いか。
「ああ、もちろん逆も有りうる。だがそうはならない、という見立てなのだろう……と、いうことですな、陛下?」
大公がコアイの横へ歩み出て、軽く腰を落としつつ顔を向けたのが視界の端に映る。
「もう一つ、別の理由もある……丁度いい、日が暮れる前に実物を見てもらおう」
コアイはとくに二人の結論を否定せず、別の理由として『接ぎ木』した枝と切り株を見せることにした。
コアイのあやふやな言葉で説明するよりも、現物を見せて二人に、また大公の従者に解釈させてやるほうが……話が拗れる虞が小さいように考えて。
「もう一つの理由……実物?」
「なんだい実物って、枝のことか?」
「付いて来るが良い……説明するより、その目に見せたほうが早いだろう」
コアイは踵を返し、村の南側へ向かおうと足を向ける。
「え、村の外……?」
「先には、森しかないが……森へ入られるのか?」
村の家々と、その外周に立てられた天幕を南へ抜けると……大公の言う通り、その先には広く深い湿気た森しかない。
「森の端に用がある、深くは立ち入らない」
奥までは行かないから問題は無いだろう、とコアイは暗に伝える。
「森の入り口あたり……何があるんだろう?」
大公とは別の、おそらく従者の声が漏れる。
「ん? 木が……切り倒されてる?」
一方で、アクドは森の端で木々の一部が切られていることに気付いたようだ。
大公たちよりも、遠目が効くのだろうか。だがそれでも、木の切られた面……切り株の上面の様子までは、此処からは見えていないらしい。
「もっと近くまで寄る。そうすれば全員が見られるだろう」
コアイは足を止めず、後続へ付いて来るように促す。
森の境目に着いた一行は、奇妙な切り株……コアイによって『接ぎ木』の台木とされた切り株を目にしていた。
「こ、これは……一体?」
「なんじゃこりゃあ……枝が、刺してあるのか?」
「子供の遊び場? じゃ、ないよなあ……」
「……呪い?」
大公たちもアクドも、『接ぎ木』の跡を見ても……それを理解はできていないようである。
「ふむ……」
コアイは一息漏らしながら、『接ぎ木』した枝の様子を確かめる。
実際、コアイも『接ぎ木』の後の様子……その成否を見るのは初めてである。
切り株一本の切断面に対して、二、三本の枝が突き刺さった格好で上を向いている。
枝のうち一つは、刺さりが甘かったのか切り株の側に落ちていたが……ざっと見渡したところ、その一本以外に株から落ちた枝は見当たらなかった。
のち、コアイは切り株とその上面の枝を一本ずつ確かめようと顔を近付けてみる。
一本めの切り株は、どの枝も特に変わった様子がなくただ切断面に刺さっているだけと見えた。
『接ぎ木』が上手くいかなかったのだろうか?
それとも、結果を測るには時期尚早なのだろうか?
コアイは次の切り株を確かめてみようと顔を上げると……大公たちもアクドも、切り株に近寄り刺さった枝を観察し始めていた。
「これは一体……なんだろう?」
「俺にもわかんねえ……王様は何をしてるんだ?」
コアイも、他の者が見ていない別の切り株を確かめてみようと、目を移す……
と、そのとき微かなざわめきが耳に入った。
「あれ、この枝……芽吹いて、る?」
「え? ああ、なんか緑になってんな?」
ちなみに、スノウちゃんもそこまで果樹等に詳しいわけではないので「低いところから切る」というのが理想的な剪定、というわけではありません。
おそらく幹吹き枝やひこばえ、下がり枝や枯れた枝を切っているところを見ていた経験があったのだろうと思われますが……
剪定としてなら他にも切ったほうが良い部分はあるし、剪定した枝だと接ぎ木にはあまり適してないケースがあります
(なお、作者も詳しくありませんのでご了承ください)




