彼女のためなら、最善は
大公は一人でコアイの元へ現れた。
それにしては、固い口上を述べながら跪いている。
と、思ったが……
「コアイ王、いや……陛下、とお呼びするほうがお好みか?」
大公はこのように、時折くだけた様子を見せる。何時も通り。
「そんなことはどうでも良い」
コアイもコアイで、素直に本心が口から出ていた。
「ふふ、相変わらずのご様子、安心した……では本題に入らせ」
「殿下、でんか〜〜」
大公が口元を緩めながら軽口を叩きつつ、立ち上がろうとしたところ……別の呼び声がそれを遮った。
「ああ……今日は供を連れてきているのだ、先だって知らせておらず申し訳ない」
大公は跪き直しながら、軽く頭を下げていた。
「供?」
「若木を運ぶことになるだろうから、手勢のうちで樹木や農作に詳しい者を何人か連れてきていてな」
その言葉通り、数名の人影が大公の後ろから駆け付け、奥に控える格好で立ち止まる。
「殿下……?」
駆け付けた人間たちのうち一人が視線を落とし、そう漏らした。
しかし、大公が一顧だにせず跪いているのを見てか……全員が揃った動きで跪く。
「私の子飼いの兵たちだ、堅苦しくない程度には礼節をわきまえているだろう?」
一拍置いて立ち上がった大公は、目を輝かせて片手を腰に当て、軽く胸を張っているらしい。
少し誇らしげな態度を見せている……ように思えたが、
「そんな話はどうでも良い」
言葉通り、コアイには興味のないこと……どうでも良かった。
「ふ、ハハハ……これは失礼した」
と、何故か大公は高らかに笑っている。
「さて、ひとまず木を見に……来てくださるかな」
「植えた場所を知っているのか」
「ああ、アクド殿も村へ来られていてな。聞いておられぬのか?」
大男アクドもこの村に来ているという。
此処で大公と会うことをどうやって知ったのか、分からないが……居られて困るわけではない。
「陛下を待っているうちに、どうせならと先に様子を見させてもらった。ただ、詳しくは陛下でないと分からぬとのことだ」
大公が左手へ足を踏み出した、コアイもそれに合わせて歩き始める。
「詳しく?」
このまま歩きながら話したい、ということか……とコアイは察し、足を止めずに聞き返してみる。
二人の後方では、大公に従い跪いていた人間たちが連連と立ち上がる音。
「枝がいくつか切り取られた形跡があるのだが、アクド殿は知らぬとのことだったのでな」
枝が切り取られ……
スノウの教えに従って『接ぎ木』をした際の、枝を落とした跡のことだろう。
「アクド殿も、農作に詳しいはずの兵たちも理由が分からんというのでな……陛下にお聞きしたくてな」
どうやら……農作に詳しいという大公側の人間も、彼女の『接ぎ木』を知らぬらしい。
であれば、どのように説明してやるのが良いだろうか。
必ずしも正しく説明しなければならぬ、というわけでもない気が……しなくもないが。
「切り取った枝は、別の場所にある……順を追って話そう」
ただ、少なくとも……スノウの知見だと軽々しく話すことは、避けたほうが無難か。
下手に彼女の存在を目立たせてしまうと、彼女の知恵……彼女を邪に利用せんとする不届き者が現れるやも知れず。
如何なる理由であっても、彼女を危険に晒したくはない。
「ふむ、病気で切り落とした、ってわけじゃなかったらしい」
「何かに使う目的があって、切ったってことだな……」
横の大公からではなく、後ろから小さく声が聞こえる。
「おい、気持ちは分かるがこそこそ話すんじゃない。逸らず、少し待て」
大公が後ろを向きながら兵たちを嗜める。
コアイはその動きには特に触れず、黙って歩き続けた。
「あ、王様……陛下、ご足労いただき恐悦……恐悦? にござります」
村の一角、南から持ち帰った二本の木が植わった場所……大男が一人立っていた。
大男アクドはコアイ達が訪ねてきたのに気付き、コアイへ正対し跪く。
のち発されたその言葉は、大公よりは拙くも……アクドにしてはそれらしい口上として聞こえた。
「そんな挨拶はいい、貴様も来ていたのか」
「ああ……街を周りながら城に帰る途中で、伯父貴からの手紙を受け取れて……人手が要るなら手伝おうと思ってな」
ソディから、アクドへもこの村へ行くよう連絡しておいたらしい。
出先への手紙だから、行き違いになる虞もありそうだが……手紙が届かぬならそれでも仕方ない、というくらいの腹積もりだったのだろうか。
「で、ここの枝は王様が切ったんだよな? 確か、俺が見たときにはこの辺の高さにも枝が付いてたと思うんだが」
アクドは植えられた木の高さの、真ん中辺りを指差している。
「残ってる枝からは芽が出てきてるのに、枝を減らしちゃもったいないような」
アクドの言う通り、残した枝のあちこちから緑色の先端が顔を覗かせている。
「あ、そういえば、もしかして……あれかなあ」
「ん? 何か知っているのか、ゲルセム?」
兵の一人がふと呟いたのを、大公が拾い上げた。
「あ、はい……違うかもですけど、いい果物を採るための方法に似たやり方があって」
大公にゲルセムと呼ばれた男が、一歩歩み出て話し始める。
「実のなる枝の数を減らすことで、力を集中させて大きな実を採るってやり方を……昔おじから習ったことがあるんです」
「こたびは、実ではなく葉を得るために枝の数を減らした……ということか?」
「はい、もしかしたら同じ考え方なのかなって」
「ふむ……参考になるやもしれんな」
コアイは一先ず、直に問われるまでは黙っておくことにした。
枝を減らすことで、残った枝から葉を得やすくする……?
そこまでは、彼女も言ってはいなかったと思うが……もしかしたら、単に言いそびれたのかもしれない。
あの時、彼女は「下の枝から切り落としてほしい」と指図していた。
下から、というのにも……私の知らぬ理由があったのだろうか。
コアイは一人、彼女から『接ぎ木』を習った時のことをぼんやり思い返していた。




