彼女のためなら、と思いながらも
遅くなりました。申し訳ありません。
海を越える出張は普段の出張移動より疲れる気がしますね……
結局、三日ほど……城から一歩も出なかった。
果たしてこれで良いのか、とは思うものの……彼女がそう望んでいたのなら、良しとすべきか。
目を覚ますと、正面にスノウの寝顔が見えた。
瞼はしっかりと閉じているのに、唇は半開き。
半開きの紅い唇からは、涎が垂れかけている。
そんな彼女の寝顔を可愛らしく感じながら、コアイはここ数日の籠居を省みる。
冷静な部分で省みても、心の底では問題ないと思えて……そう結論付けてしまうのだが。
彼女はぐっすり眠っている。心中で何を省みるにしても……身体は動かさないように。
自分の動きで彼女を起こさないこと。何時も通り、それだけは強く意識しておく。
さて、正面には彼女の寝顔……それよりは下、手に何か……彼女の肌らしきものに触れている感覚がある。
視線を少し下げると、二人ともが手を差し出していた。
互いの手を取り合って、向き合って眠っていたらしい。
身体が離れているのは、昨夜暑かったからであろうか。
先日は、彼女に肌寒さを感じさせてしまった。風邪を引いた様子はなく、その点では安心したが。
と思い浮かんだところ、二人の間に陽気を思わせる春風が吹いていった。
今日は、そんな心配をしなくても良いだろう。
風の暖かさよりもはっきりとした、彼女の手のあたたかさを感じながら……コアイは微動だにしない彼女の寝顔へ視線を戻した。
長い間、彼女の眠る姿を見つめ続けて……日が高くなり、陽射しが少しずつ西向きに変わり……昼下がりの頃になって。
眠るのにも飽いたのか、ふと彼女の瞼が動いた。
「ん゛……あっ」
薄目を開いたところで一旦止まってから、何かに気付いた様子で目を見開く。
「おはよう、スノウ」
「あ〜……おはよう、王サマ」
二人は寝起きの挨拶を交わす。
が、彼女の声は何時もの元気、溌剌さに欠けていた。
「あのさ、その……」
その理由なのだろうか、彼女は小声で続ける。
「てか、ホントごめん……」
「どうかしたのか?」
「何日もヒキっちゃった、どっか行きたいトコとかあったかもなのに」
どうやら彼女は、ずっと城の中にいたことを後悔しているらしい。
しかし、それは……
「それは、気にしなくても良い」
それは、偽りも疑いもないコアイの本心。
彼女も彼女で、昨日まで随分楽しそうにしていた気はするが……そのことを抜きにしても、コアイの本心は変わらない。
彼女と二人で、何日も過ごせた。
それだけで、とても嬉しいのだ。
彼女がいる日々、彼女の側にいられる日々。
彼女と共に、邪魔立てもなく過ごした日々。
いや、邪魔者がいようといまいと……
彼女と共にいられるだけで、嬉しいのだ。
ほかの汎ゆる事柄よりも、彼女の存在が。
彼女が側にいてくれることが、何よりも。
「私はそな、な、あ、その、私……は……」
コアイはそれを、素直に吐露しようとして……何故か、そうできなかった。
ついさっきは、素直に本心を話せたのに。
言葉が喉につかえたような、喉に指を引っかけて口から出ていくのを拒んだような。
喉元が熱を持って、声を止めているような……その熱が、何時しか顔や胸元へ拡がっていて。
「その、私、はっ……」
熱が頭まで届いて焼き付かせたように、考えがこんがらがってしまう。
混乱、戸惑い、その中で何故か分からず……彼女を抱き締めてしまった。
「私は、気にして……ない」
すると彼女の感触が、戸惑いの一部を安心に変えていた。
コアイはなんとか、言葉を発せる程度の冷静さを取り戻す。
「だから、そなたも、その……気に病まないでほしい」
それでも本心をそのまま口にはできなかったが……彼女に不満などない、自分を責めないで欲しいことは恐らく伝えられた。
それに対して、彼女がどう応えるか……
ぐるる……
「一先ず、食事にしよう」
抱き締めていた彼女の身体から腹の音が響いたのを感じて、コアイは直ぐさま提案していた。
食事を終えて、コアイはスノウを元の世界へ帰すことになった。
「ごめんね〜……ちょっとこっちにいすぎたかも」
食事を取りながら話したところ、今回彼女は三日目に帰るつもりでいたらしい。既に一日過ぎている。
「気にすることはない」
コアイは言葉通り、彼女の望みを叶えることに何の蟠りもない。
彼女が望むなら、早く帰してやろう。
食休みもそこそこに、コアイは早速彼女を送る召喚陣を描いていた。
「私たちは何時でも、また逢える」
しかし、そう続けたところで不意に胸の奥が痛んだ。
また、彼女がいなくなってしまう。
直ぐ逢える、それは分かっている。
それでもいま、別れるのが淋しい。
別れてしまったら、今日は……彼女と眠れない。
彼女に触れることも、触れられることも無しに……一人で。
目頭が熱い。彼女の周囲に描いた召喚陣が揺らいで見える。
「あっちょっとだけ待って」
召喚陣の内側にいた彼女が、揺らめきながら駆け寄ってきた。
そして、唇に余韻。
「今日もありがと、またね王サマ!」
彼女が召喚陣と共に消えて、しばらく……
力なく床にへたりこんで、俯いて……ぼたぼたと涙を落としていた。




