彼女のために、この身は
「はぁ〜……さわやかな朝、って感じだねぇ」
慣れた寝室のベッドの上、二人して仰向けに寝転がって、特に何かをするでもなく。
スノウは寛いだ様子で、良い朝だと言う。
すっかり安らいだ、ともすれば少しだらけた声で……心から休めているように感じられる。
窓の外から射し込むやや淡い光は、東南やや南……日の出頃よりはだいぶ南に向いている。
つまり、既に日が高くなっており……朝というには少し遅い頃合いのように思えた。
その点だけはやや気にかかったが、コアイは何も言わないでおく。
彼女が心安く過ごせているのなら、水を差す必要は全くないから。
コアイは何も言わず、ただ彼女の横顔に視線を向けて……
と、春の昼前にしてはやや冷たい風が窓から吹き込んだ。
「ふっ」
彼女が小さく息を漏らすのが聞こえた。
それと同時に、彼女が少し身震いしたように見えた……のと、取られていた右手が震えた。
「大丈夫か? 寒くないか」
コアイは思わず声を掛けた。
彼女へは既に衾を掛けてある。
季節柄、手の届く場所に毛布の用意はない……といってもコアイ一人が眠る際には、普段から使われていないが。
直ぐに用意できそうなのは、おそらくベッドの下に落ちてしまっている……互いが着ていた服くらいのもの。
「ん゛〜……若干? けど……ちょっとね」
コアイの問いかけに、彼女は少し寒いと肯定しながらも……言葉を濁した。
何か別のことを考えて、あるいは気にしているのだろうか。
彼女の瞳はコアイに問われた際に一度、顔へ向いたが……また直ぐに身体の辺りへ下がっていた。
そうしている理由は分からない、分からないが……自分のことを見ていないわけではない。
コアイは何となく、そう感じていた。
「……うーん、やっぱキレイだなぁ……」
そう感じていたところ、彼女は独り言のように、何かを綺麗だと評した。
「こうやってゆっくり見てるとめっちゃわかる……」
彼女は続けて独り言ちる。
彼女が見ているもの、それは……私、と考えて良いのだろうか?
「ほんっと、スタイル良いよね王サマ……」
彼女は独り言を続けて、最後に小さく溜め息を漏らしていた。
スタイルが良い、という言葉の意味は……何となく伝わる。
一般に魅力的で、好ましい造形だということ。
彼女は、コアイの肢体をそう評している。綺麗で、魅力的だと。
それを実感して、コアイは嬉しくなる。
そう評される姿だから、ではない。
彼女が好んでくれているから、嬉しい。
彼女にさえ好んでもらえれば、それだけで嬉しい。
例えそれが彼女一人であっても、彼女にさえ魅力的だと思ってもらえるなら……それだけで嬉しい。
己の、一糸纏わぬ姿……それが、如何なものかと。
彼女に出逢う前には、考えもしなかった。
ただ、人目に晒すべきものではない……としか、考えていなかった。
けれど今は、彼女が好ましいと言ってくれることが嬉しい。
彼女がそう思ってくれるなら、この姿には意味がある。
彼女に、彼女だけに見てもらいたい、私の身体。
そして彼女だけに触れてもらいたい、私の身体。
そんな身体の隅々に、じんわりと熱が伝わる。
ぼんやりと考えながら、コアイは呆けていた。
彼女がコアイの身体から視線を外さない……そのことは何となしに認識しながら。
「……スベスベだし、ヒケツとかあるなら……王サマ?」
しかし、不意に彼女の声に呼び戻された。
「ん、ああ……どうかしたのか?」
「ぁ……えっと、聞いてなかったの? スキンケアの秘訣ってやつ、なんかな……と思ったけどもういいや」
コアイは一先ず、改めて彼女の話を聞こうとはっきり眼差しを向けた。
それに対してか、彼女は一瞬目を見開いた……それから少し俯いて、上目遣いにコアイを見やる。
「つーかさぁ、寒そうって言うならさぁ」
「衾だけでは足りぬなら、服を探そうか」
「は? 違うでしょ……?」
手を引かれる。
厳密には、手を引く力を使って身体を寄せられる。
「あたためてよ、ね?」
彼女の身体が衾ごと覆い被さって、コアイの身体に貼り付く。
貼り付いた彼女の皮膚は肌にしとりと、滑らかに重なって……少し冷たい。
しかし、その冷たさは直ぐに感じられなくなる。
胸の奥が灼けながら強く弾んで、そこかしこに熱を伝えたから。
コアイは荒い拍動と僅かな切なさを自覚しながら、スノウの求めるがまま抱き付かれて……それを邪魔しないよう身を竦める。
時々彼女が手足を動かして、更に身体を密着させてきても……それを妨げず、受け入れる。
直ぐ側で触れ合う彼女の肌触りで、胸の奥が暴れ息が熱く湿気る。
それ等が顕れるのを押し留められず、せめて彼女の邪魔にはならないようにと願いながら……
彼女に抱きつかれて、どれほどの時が過ぎた頃だろうか。
「あ〜、これやっぱダメだ……我慢できなくなる」
突然、彼女の呟く声。
「っ!?」
その声に連れて、首筋を熱い何かが這ったような感覚がして……全身がぞくりと震えた。
「ごめん、今日も……その、さ」
そんなことが、後の食事と仮眠を挟んで二度続いた。




