彼女のためなら、涼しい朝も
二人、どちらが先に眠り……休んだのかは分からない。
朝日の光を感じて目を覚ましたコアイは、背にスノウの存在を感じた。
横向きに寝転がった身体の、後ろに彼女がいる。
腰のくびれた辺りに、彼女の腕。
首から頬までの下に、彼女の腕。
彼女はコアイの後ろから、両腕を伸ばしている。
抱き締めるというほどには密でない両腕が、コアイを捕らえている。
密でなく力も入っていない両腕が、しっとりとコアイに触れている。
触れている彼女の両腕は、あたたかいようでいてひんやりと感じる。
彼女の両腕だけではない。窓から吹き込んだ風も、昨日より冷たい。
今朝は、少し肌寒い日なのだろうか。
となると……彼女は大丈夫だろうか。
寝冷えして風邪を引かないだろうか?
コアイはスノウのことが心配になり、身を翻して彼女の姿を確かめようと……
されど、そうはできなかった。
掴まれているわけでもないのに、動けない。
静かな寝息で休んでいる、彼女を起こしては悪い……そう思ってしまうから。
それは、何時も通りのことである。
だが、それだけではない。
身体の左右にしっとりと触れた、彼女の両腕……
優しく捕らえられたようなそれが、妙に心地良いから。
……それも、何時も通りのことではある。
暫く彼女の腕に触れたままで過ごしていると、僅かながら少し冷たくなってきたように思えた。
深く眠ったまま、寝冷えしてしまっているかもしれない。
大丈夫だろうか? と思っていると、首尾良く……片手がコアイの腰から退けられていた。
どうやら彼女が寝返りを打ったらしい。これなら頭以外……胴を動かしても、彼女に動きを伝えることはない。
なれば。
コアイは出来る限りこっそりと、ゆっくりと頭を上げて彼女の腕から離れた。
そして頭を浮かせたまま身体を回し、仰向けになる。
まだ頭は浮かせたまま、横目で彼女の瞳が閉じているのを確かめて……少しだけ頭を彼女の側へ向けた体勢で、そっと彼女の腕の上に戻った。
腕の肌触りがしっとりと伝わり、項をざわつかせるのを感じながら。
これで、彼女の様子を目で見て確かめられる。
何時も通りの、色の薄い滑らかな肌……厚みの薄い華奢な身体。
それが分かる……服は着ていない。それも何時も通り、か。
コアイは彼女の身体に目に見えた変調がないことを確かめて、少し安心した。
とはいえ、彼女はコアイとは違い……普通の人間。
コアイにとってはまるで問題のない寒さでも、彼女の身体には堪える場合があろう。
今日のような朝風に肌身を曝させ続けるのは、あまり好ましくないかもしれない……
などと、彼女に視線を向けたままぼんやり考えていると……
「んっ……」
彼女が呻き声を漏らした。
やはり、風の冷たさが良くないのか?
コアイには彼女が、声を漏らすのと同時に少し身震いしたように見えてならなかった。
コアイは頭を動かさぬよう意識しながら、彼女の近く……見える範囲に彼女の服がないか探してみる。
しかし服は手の届きそうな範囲には見当たらなかった。そこで一先ず……足元で丸まっていた衾を引き上げて、彼女の身体に掛けてやった。
夜が明けて暫く経ったが、窓から入る風が温くなる様子はない……時折、スノウに被さった衾が寝息とは別の微動を見せる。
それでも、コアイは無理に彼女を起こそうとは思わなかった。
酔い潰れているわけでもないのだから、眠っていられないほど寒さを感じたなら自然と目覚めるだろう……と考えて。
何時も通りそう考えて、ただ彼女の眠る姿を眺めている…………と、日が高くなった頃。
「う〜ん……」
頭を持ち上げられる力を感じた。
それと同時に、彼女の身体が寄りかかってきた。
「っ、ん……ぁ?」
近付いた彼女の顔が、何かに気付いたようにピクリと揺れる。
「あ、王、サマ……」
「おはよう、スノウ」
薄目を開いた彼女に、コアイは思わず微笑んで……声を掛ける。
「おはよう……うーん、寝ちゃってたかあ」
彼女はコアイに挨拶を返しながら身体を起こして、両腕を上げて伸ばす。
「あ、フトンありがと……って王サマのは?」
身体を起こしたことで衾の存在に気付いたのか、彼女はコアイの身体へ目を向けていた。
いま、コアイの身体を覆うもの、肢体を隠すものは何もない。
「そなたが寒そうだったから……私は、無くても問題ない」
「……そっか、ありがとう」
コアイは彼女の問いかけに対し、素直に応えた。
が、彼女は何故か……コアイの応えに視線を動かすことはなく。
彼女の瞳は、コアイの身体へ向いたままだった。
「ところで、今日はこれから……どうする?」
その視線に微かな疑問はあったが、一先ずそれは捨て置いて……彼女が再び眠りに落ちることはないだろうと考えたコアイは、彼女に問うてみる。
「ん〜、とりまお腹すいたかな」
「そうか、ならば準備をさせようか」
「けどご飯……だと、誰か来ちゃうよね」
彼女が言うには……空腹ではあるが、食事をするには何か別の問題があるらしい。
「もうちょっと、ちょっとだけでいいからさ……二人だけでゴロゴロしてよ?」
彼女はそう続けたところで漸く、コアイに目を合わせてきた。
コアイがそれに気付いたときには、右手を取られていて……彼女はまた寝転がっていた。
「ほら、その辺で横になってさ、いっしょにのんびりしよ?」
どうにも地の文で「掛け布団」って表記したくなくて、それらしいワードを調べた結果「衾」にした。
いつもより時間がかかってしまった。眠い。生活リズムを崩してしまった。
ともあれ、お待たせしてすみません。




