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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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彼女のために、浮かぶ熱も

 幾度(いくど)となく、こうして彼女の眠りを見守っていた。

 それは何時(いつ)でも、安らかなひとときで……あたたかかった。

 そのあたたかさは、今日も変わらない。そう思ったが、少し違う……気もしている。



 コアイは寝室のベッドに寝転がり、隣で眠るスノウの赤く染まった顔を見つめている。

 この色合いならば、悪酔いはしていないだろう……と安心しつつ、幸せそうに緩んだ彼女の目尻や口元を見つめている。

 邪魔者のいない、不要な気配も音も無い二人だけの寝室……コアイにとっての『聖域』とも呼べる場所で、彼女を見つめている。


 そうしていると、まったく無意識に自身の口元が緩む。彼女と同じように。

 コアイは酔っていないが、あたたかさを感じる。恐らく彼女と同じように。

 身体の内から、全身へと伝わるような。()()も、彼女と同じなのだろうか。

 

「……ふふっ」

 緩んでいた口元から、微笑が(こぼ)れる。


 彼女がそこにいるだけの、ひととき。

 本当にあたたかな、無二のひととき。

 何もしていないのに、とても幸せで。



 コアイの意識は、スノウの寝顔と寝息に集中していた。


「んっ、ぅん……」

 そのせいか……彼女がふと漏らした唸り声に連れて動いた、()()に、気付かなかった。

 それが彼女の手だと気付いたときには、既にコアイの横顔の上に被さっていた。


 起こしてしまったのか、それとも寝返りを打っただけなのか。

 もし眠りを妨げてしまったのなら、少し心苦しい。

 彼女が安心して眠っているのを、邪魔したのなら……申し訳ない。


 そう感じて、コアイは閉じきったスノウの瞳へ意識を向ける……瞳は開く素振りも見せなかった。

 彼女が目を開けなかったことに、コアイはほっと胸を撫で下ろし……そのせいか、気付けなかった。

 彼女の顔自体が、素早く近寄ってきていたことに。


「んふぅ……」

「っ!?」

 その感触に、顔が跳ねそうになるのを堪えた。

 その感触は、胸を跳ねさせるのを堪えさせない。


 コアイは目を見開いて、眼前にその感触の原因があることを確かめる。

 そこには当たり前のように、彼女の顔がある。

 しかしその顔、表情にはそれまでと何ら変わりがなく……微笑むような、安心しきったような寝顔である。

 まだ眠っているのなら、変に動くわけにはいかない。急に動いて、彼女を目覚めさせるべきではない……


 彼女の寝顔を確かめられて、コアイは頭ではそう考えようとするが……眼前の彼女は、思考すら掻き乱そうとする。

 彼女の存在を視覚でも確かめてしまったコアイには、最早それに抗うのは難しい。


 胸の内が暴れる。身体中に鼓動が広がる。頭がぼやけて、霧がかかる。

 息が荒く、熱くなっているのが分かる。

 これでは、息遣いで彼女を起こしてしまう……けれど、それどころではない……

 

 身体が震えて、頭が()けて、(しび)れてしまいそうで。

 けれど逃れる術がない。逃れられない。

 彼女を起こす、起こさないの話ですらない……



 と、不意に彼女の感触が離れた。

 一先(ひとま)ず助かった、と熱い息を吐く。吐き切ってから、思わず生唾を飲んだ。


 頭が冴えてくるようで、胸の内が暴れたままで、妙にざわついている。

 助かったようで、それが少し寂しいようで……


 まるで、そんなコアイの曖昧な心奥を察したかのように。


「ん〜……」

 彼女の顔が、もう一度にじり寄っていた。

 気付いてはいたはずなのに、逃れようとすることもできなかった。


 何時の間にか、頭を掴まれて引き寄せられている。

 そのせいで、強く唇を押し付けられて……クラクラと、目眩(めまい)がしたような心地になる。



 ……本当に、彼女は眠っているのか?

 ただ寝ぼけて、私を抱き締めようとしているのか?

 それとも実は、とうに目覚めていて……寝ぼけたふりをしながら私を捕らえているのか……?

 分からない。しっかりと考えられない。


 内外の熱に浮かされながら、霧に包まれたような思考を巡らせる。


 分からない……いや、どちらでも良い。

 どちらにしても、彼女が望んでいるなら、それだけ確かなら。


 私は抱き締められよう、捕らえられよう。彼女の望むがままに。

 彼女が望んでくれるなら、それで良い。

 彼女が望んでそうしてくれるのなら……それで私は嬉しいから。



 (しばら)くの間、スノウの身体は()()以上には動かなかった。

 コアイも身動きせず、彼女が望むらしき形で身を接していた。

 あたたかく、春の水面に浮かんで揺れる一葉のような心地を覚えながら。


 それが彼女の手で破られるまで、延々と揺蕩(たゆた)っていた。


 夕焼けの色が窓から射し込む頃になって、彼女の身体が動きだし……

 二人は言葉を交わすことなく、何度も熱と心を交えた。


 彼女の手、息、肌。心、魂。

 存在を伝える、(あら)ゆる要素。

 彼女の全てが、コアイを優しく(さいな)んだ。

 同じく彼女が、コアイを激しく慰めた。



 焦がれて、眩んで、痺れて、爆ぜて、蕩けて、焼き尽くされて。

 彼女のことしか、考えられなくなる。

 彼女のことしか、感じられなくなる。

 彼女がいて、自分がいる。それだけ。

 ほかに何があっても、どうでもいい。


 彼女がいる。ただ、彼女がいる。

 それとあと、彼女を愛している。


 彼女がいるなら、それだけで

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