彼女のためなら、何事も
大変遅くなりました。申し訳ありません。
「あ、あのさ……王サマって、あれ、あの意外とさ、心配性?」
咥えているスノウの指を、急に引かれた感覚があった。
頭、顔ではその力に従いつつも……指を咥える口は離さないでいた。
「ま、まあその……ありがと」
彼女の、指を取られたまま苦笑する表情は……時折見た覚えのある顔。
そうだと横目に分かったが、それにしては普段より声が詰まっているように感じる。
コアイは少し不安になって、しっかりと彼女の様子を確かめようと……指を離し改めて顔を向けた。
しかし彼女はコアイから顔を背ける。
「……どうかしたのか、やはり痛むのか?」
普段なら、むしろコアイを見つめ返してくれそうな彼女なのに。
不安感が高まって、胸中に嫌なくすぐったさが起こる。
「いや大丈夫、ダイじょぶだから……うん」
彼女が大丈夫だと言うなら、そう信じたい。
ただ、彼女が大丈夫だと言う状況にしては……態度も、口調も不自然な気がしてしまう。
「ほっほら、とりま何本か枝持ってって、早く接ぎ木しようよ」
彼女は顔を背けたまま、話題を逸らそうとする。
そんな彼女の様子は、やはり普段の彼女からすれば……どうにも不自然に思えて。
しかし、早く『接ぎ木』をすべきだ……というのは否定できない。
彼女がそう言うなら、その意向を無視することなどできない。
大丈夫だと言う、彼女を信じて。
「わかった、では一先ず何本か枝を落とそう」
コアイは彼女から短刀を受け取って、枝の一つに手を伸ばす。
「あっ待ってなるべく下の方から取って」
無言で頷き、狙いを変えた。
二人して小枝数本を両手に抱え、村の外……南側の大森林の入り口辺りまで歩いてきた。
道中、スノウがチラチラとコアイへ視線を向けていたが……特に何かを問われることはなく。
「え、なんかジメジメしてない……?」
彼女は森の側へ着いて、久しぶりに口を開いた。
彼女にとっても、この森の湿り気は奇妙なものなのだろうか。
「『接ぎ木』には良くないのか? それとも、そなたが嫌いな空気なのか?」
「わたしは大丈夫……雨降った感じでもなかったのに、ここだけ……なんか不思議でさ」
「そうか、そなたが嫌でなければ良い」
この森の空気も、先ほどまでの表情も……特に問題はないらしい。
コアイはほっと胸を撫で下ろした。
「うーん、たぶん乾いてるよりはマシかな? んじゃとりま、枝をさす切り株を用意しま……」
と、彼女は枝を足元にばら撒きつつ、辺りを見回して……
「太い木ばっか……どうしよ?」
コアイへ、眉を寄せた困り顔を向ける。
「この辺りの木を切れば良いだろう」
コアイであれば、木を切り倒すなど造作もない。なんら問題はない。
「どうやって、ていうか……この辺の木は、切っていいやつなの?」
が、スノウはなにやら気にしているらしい。
「ん? 木を切るのに、何か問題があるのか?」
コアイにはスノウが何を懸念しているのか、良く分からない。
「この森、誰かの持ちもの……じゃないよね?」
「誰かの……ものではないと思う」
コアイが見た限りでは、森林内の木は特に世話もされていない、無造作に枝の生えたものばかりだった。
誰かが所持し、管理しているなら……ああはならないだろうと考える。
「えーと、まあ……戻ったらさっきのおっちゃんに聞いてみよっか」
「村長が何か言うなら、金で買うのも手だろうか」
「あっうん……困ってそうだったしね」
「良し、では一先ず外側の木を何本か、切り株としよう」
コアイは久しぶりに、風刃の魔術を成そうと意識を研ぎ澄ませる。
村で枝を伐つ際には的が小さ過ぎ、また枝よりも先にある物、例えば村内の建物にまで風刃が届き切り飛ばしてしまう……と考え、短刀を使うほかに方法がなかった。
しかし、此処でなら……風刃の幅とそれを飛ばす方向にさえ気を付ければ、問題はない。
やや下から突き上げる格好で、また森の奥から外側へ斜めに風刃を発することで森の縁にある木を数本切り倒すことにする。
「木から離れて……私の後ろにいると良い」
「はーい、王サマ〜」
頷いてコアイの背に回った彼女は、何故か……後ろからコアイの両肩に指を引っ掛けている。
何故か分からないが、それが妙に可笑しくて失笑しそうになる。
どうにかそれを堪えながら、風の魔術を想起する。
どうにか彼女の存在を除けて、短い詠唱を加える。
「風よ我が刃よ、『突風剣』」
どうにか彼女を魔力へ作用させずに、風刃を成す。
片膝を付き、右手を低く……膝の辺りに下ろした右手から風刃を飛ばし、視線の先に生えた数本の木を切り倒す。
「わぁ、すっご…………」
背中から、声が届いた。
どうにか堪えていた彼女の存在が、堰を切ったように急速に脳裏へ届き、満たす。
それがどうにもあたたかくて、コアイは思わず熱い溜息を吐いていた。
「あれ、王サマ大丈夫? お疲れ?」
それが、彼女にも聞こえたのだろうか。
「……この程度は何でもない、大丈夫だ」
彼女が気にかけてくれたのだと気付いて、少し申し訳なく感じた。
だがそれ以上に、それが瑣末なほどに……息の抜けていた胸の内が、熱くて堪らなかった。
「……でね、この色が違うとこあるじゃん……って、王サマ?」
「……あ、ああ済まない……この、皮の内側か?」
暫く惚けてしまっていたのか、コアイはスノウの説明を聞き逃していた。
「うん、そう。枝と株……ゲンミツには台木って呼ぶらしいんだけど、ここどうしを合わせる感じ」




