彼女のために、彼女の手を
「悪いんだけど、王サマがその村に着いてからさ……」
スノウが言うには、コアイが目的の村に着いてから自分を喚んでくれれば良い……と。
確かに、コアイが彼女を饗すとき……何度か、そうしていた。
危険な旅路や、特に見るべきものの無い道程は一人で駆け抜けて……憂いなく、彼女が楽しめそうな場に着いてから彼女を喚ぶ……
これまでは、彼女を危険や倦怠にさらさぬよう……彼女を思ってそうしていた。だから気に病むことはなかった。
だが今回は、何の喜びも無さそうな最果ての村に、コアイの頼みのためだけに彼女を喚ぶことになる。
それが、コアイにはどうにも心苦しかった。
「しかし……本当に、良いのか?」
「ここでグダってるより、早くやりに行ったほうがいいかなって」
接ぎ木を教えるにはそのほうが良い、と……彼女の意志は固いらしい。
「それにさ」
「ん?」
「つか、たまには私もさ……役に立つとこ見せたいし?」
と、彼女は改めて笑顔を色濃くする。
「……あ、ありがとう」
胸中を灼き潰されたような、それでいてひどく喜ばしい。
そんな心地を覚えて、思わず彼女の手を取っていた。
そんな心地に負けて、喉の奥で声を詰まらせていた。
「っ……んん〜??」
直後、彼女の笑顔が色を変える。
彼女の瞳が、悪戯な色を帯びる……
「じゃあさ、お礼……ちょうだい?」
掴んでいた彼女の手が、急に強く引かれた。
コアイはそれを直ぐに認識したものの、身体に力が入らず……碌な抵抗もできずに彼女の口元へと引き寄せられる。
吐息が少し酒臭い。
そう思ったときには、既に…………
次に気付いた時には、二人してベッドに寝転がっていた。
ぼんやりとは覚えている。
彼女に口づけられたこと、その後のふたりのこと。
ぼんやりとしか思い出せない。
彼女があたたかかったこと、熱に惑っていたこと。
はっきりと分かっている。
彼女が眠っていること、少し恥ずかしかったこと。
とても嬉しかったこと。
彼女の手、いや身体の全て、声、吐息、何もかも。
とても嬉しかったこと。
コアイは一人目を覚まし、直ぐ側にスノウがいるのを……確かめるまでもなく項に感じた。
目を開いて顔を少し傾けると、彼女は目を閉じてコアイへ腕を伸ばした格好……片腕をコアイの項に、もう一方を脇腹辺りに添えて眠っている。
それに気付くと、手を添えられた部分も妙にくすぐったい。
コアイは脇腹辺りに添えられた手に被せるように、右手を優しく握った。
頭を動かし手を取ったが、彼女の寝顔にはまるで変わりがない。彼女はどうやら深くぐっすり眠り込んでいるらしい。
目は閉じ、緩んだ頬の間で紅い唇が微かに開いた……何時もの寝顔。安らかな寝顔。
コアイは彼女の寝顔が、とてもあたたかく……じっと見つめたままでいた。
彼女が目覚めるまで、何時もどおりに。
暫く黙ってスノウの寝顔を眺めていると、彼女の身体が微かに震えた。
しかし、その表情には変化がない。
そう確かめられた時には、彼女の身体がコアイへ寄りかかっていた。
どうやら寝返りを打とうとして、コアイの身体にぶつかったらしい。
「っ……ん〜……」
彼女は薄目を開く。そのまま目を覚ますかと思いきや……コアイに片腕を預けて、一度は目を閉じてしまった。
そしてコアイの顔の前で数回、寝息を吐いてから……改めて目を開けた。
「あ〜……寝ちゃってた……」
そう独り言ちながら、彼女はコアイに抱き着いてくる。
「おはよ……王サマ」
「おはよう、スノウ」
抱き締める力と囁きかけるような声で、胸の内が少し跳ねるのを自覚しながら……コアイは静かに応える。
「っうーん……なんか、こう……?」
と、彼女はなにやら納得が行かない様子を口にしていた。
コアイにはその理由が分からない。ただ、顔の近くでそう呟く彼女を見守ろうと……
「ヨシ!」
不意に口づけられていた。
その吐息は、酒臭くはない。
「えへへ、おはよう……起きよっか?」
唇を離した彼女の笑顔は、やけに艶めいて見えた。
何が良し、なのかは分からない。
だが、彼女が満足そうだから良しとしよう。
コアイは失笑しながら頷いた。
胸中の鼓動と、脳裏の甘く痺れたような温もりを植え付けられながら。
「とりま、よく切れる刃物と……」
「枝を挿す側の木も必要だったな、そちらは心配ないだろう」
二人は用意してもらった軽食を摘みながら、南の果ての村……挿し木を行う現場で必要なことについて話をまとめた。
「うん、私ももう少し調べとくね……あ、ごめんけどお酒欲しい……もう一杯だけでいいから!」
「飲み過ぎぬようにな」
少し酒を振る舞ってから、コアイはスノウを本来の世界へ帰した。
そうして直ぐに、城内の者に切れの良い刀剣を集めさせ……試し切りの末、最も鋭利と感じた短刀一本を手にした。
それと共に、元気な馬と多少の路銀、馬に与える霊薬と準備させて……急ぎタブリス領南端の村へ駆け出した。
どんなに急いでも、数日はかかる道程。
少しでも早く駆けて、再び彼女を喚ぶ。
彼女の手を借りて、難事を成すために。
彼女のため、彼女の喜びを得るために。
手を貸そうと快諾してくれた、彼女の。
データが飛んだせいで遅れました(言い訳)
これからは保存してから見直す運用を徹底いたします。インシデントを発生させ申し訳ございません。




