彼女のためなら、道はすべて
更新が遅れました。大変申し訳ありません。
木を得るために、再度刈りに行くのではなく……今在る木を元に殖やす、スノウはそう言っている。
さらに、その方法も彼女は知っているらしい。
それで上手く事が運ぶなら……再びあの湿気た森林を抜けて、道筋も定かならぬ探索へ行くよりも……確実だろう。
彼女の知恵を借りられるなら、それが好手……
コアイは彼女に助力を乞うべしと、意を決そうと
「あ、そういやさ」
考えていたところ、不意にスノウから呼びかけられた。
「あ、ああどうかしたか?」
コアイは慌てて応えたが、声が上擦っていた。
彼女の澄んだ声に、突然引き寄せられたような気がして……少し狼狽えたのか。
「こっちにも生野菜のサラダってあったんだね、なにげに初かも」
「……そうなのか?」
彼女は接ぎ木の話でなく、供されている料理へと話題を移していた。
「ん〜たぶん、煮物とか焼いたのばっかだったよ」
コアイは何度となく彼女を饗したが、その料理の中に生野菜があったかどうかは……良く覚えていない。
各地で聞き齧った料理についても、野菜をどうこうしたのが特徴という話は少なかったように思う。
彼女の言を疑うことはないが、コアイには彼女の疑問に答えを出せるだけの知見がない。
「なんか身体にいい気がするよね、なんとなくだけど」
「そういうものなのか」
続いた彼女の言葉も、コアイにはいまいち理解が及ばない。
生の野菜は身体に良い……ということか?
生の肉や魚は良くない、とは聞いた気がするが。
だが、今のコアイにとってそれ等は些事。
今はそれより、あの木を得ることが肝要。
そのためには、彼女に問わねばならない。
恥を忍んで、コアイは彼女に頼みごとを伝えようとする。
勝手に感じているだけの恥を、ぐっと心中に押しこめて。
「スノウ、そなたに」
コン、コン
懇願を小さく発しかけたコアイの声、それを妨げる音。
「陛下、次の一皿をご用意いたしました」
「……っ、入るがいい」
やむなく給仕を招き入れて、コアイは大きく溜息を吐いた。
「お酒もお持ちしました、よろしければ」
室内に入った給仕の女は一皿の料理と酒、酒器を机に置いて静々と退がる。
「こんどは煮物かな? てか飲もっか」
コアイが給仕の去るところを目で追っていたうちに、スノウは酒器を片手に笑みを浮かべていた。
「いや、私はそれよりそなたに……」
コアイは彼女の意を無視しては悪いと、酒器こそ受け取りつつも……改めて、彼女をじっと見つめる。
「ん? どっかした?」
スノウはコアイの視線に気付いてか、酒を注ごうとした手をピタリと止めた。だが、笑みは崩していない。
「済まない……だが、私には他に良い手が思い付かぬ」
「うん? うん……」
彼女の笑顔が、少し強張っただろうか。
それを目にすると、コアイは息が詰まるような心地を覚える。
「そなたの手を煩わせる……煩わせたくないのだが」
彼女に負担はかけたくないが、それでも今は他に……
と、頭で分かってはいるが……コアイはなかなか話を切り出せないでいた。
彼女の表情は、何時もの微笑みとは異なっている。
そのことが、コアイの言葉を詰まらせる。
「わずらわ? えと……」
彼女はいっそう困惑したような、声を漏らした。
やはり、申し訳ない……が、それでも……
コアイは一つ唾を飲んで、空いた拳を膝の上で強く握りながら……
「済まない、教えてくれ。『つぎき』とやらを」
真っ直ぐにスノウを見据えて言った。
「……え?」
彼女は目を丸くしている。
唇も、丸く窄まっている。
その顔は思わず寄り添いたく、いや抱き締めたくなるほど可憐に思えた。
今は、それどころではないが。
「……アハハ……なんだ、そんなことかぁ」
「え?」
「そんなの、いつでも教えるからさ……とりま飲もうよホラ」
彼女は満面の笑みを浮かべて、コアイの持つ器に酒を注ごうとした。
「ならば、済まないが直ぐに……」
「飲みながら教えるから、ホラぁ」
コアイは酒を注がれながら、スノウの笑みを見つめるほかなかった。
二人はほっと一息吐いてから、寝室へ届けられる料理を肴にしつつ一献酌み交わす。
「すっごい目で見つめられたから、ドキドキしちゃったよ。ふふっ」
「す、済まない……」
「いいってことよ〜……で、接ぎ木なんだけどさ」
スノウは何時もどおり、スイスイと酒を口に運んでいる。
酔い潰れる前に、話を聞いておくべきだろう。
「ふやしたい木は外にあるの?」
「いや、今は遠くの村に預けてある」
「そっか……じゃあ飲んだら行こっか」
彼女は簡単にそう言ったが、そうすることは難しい。
「済まないが、此処からでは遠い……数日、いや十日かかってもおかしくない」
「て、マ? そんな遠いとこに生えてるの?」
「そこから更に南、森の奥から運んできたのだが……一度村で植えておいたほうが良いと言われた」
そこまで会話が進んだところで、彼女は酒をグイッと呷った。
「ふーん、じゃあお手本とやり方を教えて……紙とかある?」
そして口元を拭いながら、勢い良く立ち上がっていた。
「えっこれどうやって書くの?」
「筆の先に墨を付ければ書けるはずだ」
「へぇ習字みたい! おもしろ!」
彼女はどうも、用意されたペンの使い方を知らなかったらしい。
……彼女の世界では、ペンもコアイ達のそれとは異なるのだろう。
少なくとも、ペン先に墨を付ける必要がない……そんなことがあり得るのか? とは思うが、墨を不要とする魔術でもあるのだろうか。
ただ今は、そんなことを気にしている場合ではない。
「でね、なるべく切れる刃物でななめに……こんな感じかな?」
彼女がペンで描く絵は、過去に光板の魔術で描かれたものとは比較にならぬほど下手だったが……
「斜めに……」
この際、それは気にしない。
何をすべきか、それが解る程度の絵であれば良い。
「うん、で元の木のほうもななめに……なるべく同じ角度で」
「良く切れる……切れ味の良い刃物を使う理由はあるのか?」
「んと、ケガしないように……だったと思う」
あれこれと絵を描きつつ、練習用の小枝と小刀が届くのを待ち……
「じゃあ切ってみるから、見てて」
「分かった」
「こんな感じでね、あれっ切れない……痛っ!?」
届いた小枝を使い、スノウに手本を見せてもらおうとしたが……彼女は早々に自分の指を切ってしまった。
「いった〜……」
と、彼女は直ぐに指、傷口の辺りを咥えていた。
「だ、大丈夫か?」
「このくらいなら、なめときゃ大丈夫っしょ……けどこの小刀じゃ厳しいかも」
二人は寝室での練習を諦めることにした。
「やっぱ実際の木使って、ぶっつけ本番でやろっか」
二人は酒食を嗜みつつ、相談しあう。
「だが、此処からあの村までは随分遠い」
「え〜? ていうか何日も旅するくらい、前もやってたじゃん」
「そこは南の最果ての村で、近くに街や宿がないのだ」
「あっそういう……野宿とかってこと?」
「恐らくそうなる」
「うーん、そっか……あ、じゃあアレだ」
と、彼女はなにやら思い付いたらしい。
「アレ、とは?」
「悪いんだけど、王サマがその村に着いてからさ……」
近頃更新が遅く、大変申し訳ないです。
筆が進まないというか、文を書き連ねていく力がなかなか湧き上がらない、そんな不調感があります……




