彼女のために、彼女に乞いて
私は、教えられてばかりだ。
私は、与えられてばかりだ。
過去、というより彼女を除いて……
誰かへ一方的に面倒を押し付けたり、大した理由もなく物品を奪ったり、約束を違えたり……それ等を気に病んだ記憶はない。
けれども何故か、彼女にだけは何時でも……申し訳ないというか、それでは駄目なのだと感じている。
初めて出逢った、あの時からそうだった。
口約束とも言えぬほど軽い、頼まれ事すら……為さねばならないと素直に感じていた。
私の心は、彼女を大切に……それ以上に、彼女のために、彼女を喜ばせるために存在していたい。
そう私の心が望んでいるからなのだろう。
今なら、それが解る。
だから今は、教えられて、与えられてばかりでも……それでも。頼らせてもらおう。
その先に、彼女が喜んでくれる日が来ることを信じて。
コアイには、一つ悩みがあった。
先日、領地の南側……未開の森林を探索して、持ち帰った二本の樹木。
アンゲル大公フェデリコから頼まれた、白く輝く糸を手に入れるために必要らしい樹木。
南の大森林で何とか見つけ出し、持ち帰ったのは良いものの……二本では足りぬかもしれない、と。
しかし、かの樹木を大公たち人間の手で殖やすことは困難だという。
となれば、もう一度取りに行くしかない、が……
今回、一度樹木を持ち帰るのにも、一月以上の時を要していたらしい。
こんなことを何度も繰り返していたら、一年、いや何年かかることやら。
白糸を集めて布地を得て、それを元に衣装を仕立ててスノウへ贈る、それまでに何年かかることやら。
もちろん、他に手立てが無いのなら……コアイはそれを厭わない。
ただ、コアイが構わぬと言っても……彼女を長く待たせてしまう。
それでは、彼女に申し訳ない。
なれば何とか、打つ手が無いものか……と考えたとき、最も頼れそうなのはスノウだろうと考えられた。
彼女の持つ異界の知識、あるいは発想……
「そなたなら……教えてくれるかもしれない」
「うん? 何のこと?」
「私はいま、大公に頼まれて木を集めている」
コアイは、その理由までは彼女に言わないつもりでいる。
もし訊かれたら、答えてしまいそうな気がしつつ。
「うん、それで王サマ、ワイルド系ってコト?」
しかし彼女の応えは、コアイから感じたらしい雰囲気についての言葉だった。
「いや、それは分からないが……どうも集めてきた木では足りないのだ」
「じゃあ、ふやせないかな? 苗とかでさ」
殖やす、という発想は彼女にとって自然なものらしい。
やはり彼女に訊ねたのは良かった……のだろうか?
「種とか苗もない系?」
「種からは上手く育たない、と聞いている」
「そっか、うーん……」
彼女は首を傾げていた。
その様子はどこか、大きく曲がった花の茎のように思えて……と、そんな印象をかき消す音が寝室に響いた。
「陛下、お呼びでしょうか?」
外からコツコツと戸を叩きながら、女の声が届く。
「料理を用意して、持って来てほしい」
コアイは戸の向こうへも聞こえるよう、意識して少し声を張って呼びかけた。
「かしこまりました」
答えのあと、戸の向こうから気配が消える。
それを感じて、コアイはスノウへ向き直した。
「一先ず食事でも取ろう」
「そだね、ありがとう」
彼女はそう言って、にっこりと笑う。
その様子はどこか、咲き誇る一輪の花のように思えて……
暫くのち、そんな印象を忘れさせる音が寝室に響いた。
「陛下、まずは急ぎサラダをお持ちしました」
コアイは戸を開けて一皿を受け取り、卓の一席に移り腰を下ろした。
「これでは足りぬかもしれんが、食べるといい」
コアイの声と手招きに応じて、彼女が卓へ寄ってくる……
「あ、そうだ王サマ」
彼女は卓上の一皿、菜ものに添えられた一輪……薄紅の花に注目しているらしい。
「桜って知ってる?」
花一輪に視線を向けたままそう言って、彼女は席に着いた。
コアイには、それが花の名であることだけが伝わっていた。
「そなたは、その花が好きなのか」
「あーまあ好きだけど、それよりちょっと思い出してさ」
コアイは何となく訊ねていたが、どうやら彼女には何かしらの知見が浮かんでいる。
「桜って木があってさ、たしか桜って接ぎ木でふやすんだよ。聞いたことある」
「つぎ……き?」
彼女はコアイの知らぬ言葉を口にしていた。コアイが持ち帰った木をアクドに見せたときと同じように。
コアイもまた、そのときと同じように鸚鵡返ししていた。
つぎき……木を殖やすための、コアイの知らぬ技法であろうか。
そんな術を、彼女は知っているのか。
「子供のころ、桜の木がほしくてさくらんぼの種を植えてたんだけど……ぜんぜん育たなくって」
と、何時の間にか彼女は苦笑いしていた。その理由は、コアイにはまるで分からないが。
「王サマが集めてる木も、接ぎ木したらふやせないかな?」




