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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
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七 探しものは遠くチカク

 少しだけ漂っていた生命(いのち)の残り香が、辺りを吹く風に流されていく。

 そこにはもう、コアイを止め得る者は居ない。



 魔術師(この女)は一旦捨て置き、早く城へ向かおうとコアイは考えて……ふと気付いた。



 そうか、そうだ。 こやつも、女…………


 うつ伏せで小さな(うめ)き声を漏らす人間の体を反転させてから、その顔を見つめ両肩を掴んでみた。



 その顔には少し土と酸い、コアイの感覚を呼ぶ。

 その両肩は少し柔らかく、コアイの指先を包む。


 しかし。


 違う。こんなものではない。

 彼女が与えてくれるあたたかさ、やわらかさは……この女からは届いてこない。



 さみしい。





「ぅぁ……ぁ゛……」

 女の呻く声を聞き流し、コアイは城の見える方向へと進む。少し歩いた先には城壁と城門が備えられていたが、その門はだらしなく開いていた。


 コアイは門をくぐり、坂を登り……やがて城の正門と思しき門扉の前に辿り着いた。こちらは滞りなく閉ざされていたので、コアイは風の魔術を普段より弱く想起した後、『突風剣(エアスラッシュ)』を唱える。


 放たれた風刃は門扉を破り、奥の建物をも少々加害したらしい。


 コアイはまだ少し魔術が強かったか、と省みながら城へ乗り込んでいく。

 領主の居館らしき建物の手前、広場には十数人の武装した人間がいた。彼等はコアイの姿を見て半円状に並びながら槍先を向けたが、手前の城壁沿いから逃げてきた者が混じっているのか、彼等の士気は低いようだった。


「逆らわねば、殺さぬ」

 丸腰の一人が、それを取り囲む武装兵を脅すという奇妙な光景であった。


「くっ……ぬおおおっ!」

 人間の一人が、大声を上げながら槍で突いてきた。その声と表情は恐怖を必死に押し殺したかのようだったが、その行為は何の意味も持たない。

 コアイは槍をいなしつつ、斥力を男の(くび)に圧し込む。


「がっガハ……っ……」

「抵抗する者は、殺す」

 コアイは足下で藻掻(もが)く者には一目もくれず、立ち尽くす集団に冷淡な眼差しを向ける。


「な……何が望みだ?」

「この城……領主の居所へ案内せよ」

「し、しかし、そんなことは」


 コアイは塞がりかけた指の噛み痕に爪を立てて傷を押し広げ、そこに滲んだ血を使役する。


「ん? げあっっ」

 兵士達の一人が、頸を絞められて悲鳴を上げる。


「次はお前か、それとも他の者共が良いか」

 コアイは表情を変えず、指先から次々と赤黒い紐を湧かせ、声を掛けてきた者を除く各人の頸を(やく)する。


 各々が悲鳴を上げながら、ある者は膝を付き、ある者はのた打ち回る。

「なっ……!?」

 残された男はそれを見、近くにいた者へ駆け寄ったが……何の対処も出来ない。


「おい、何をした!? やめっ、やめてくれっ!?」

 男は顔をコアイの側へ向け、目を泳がせながら許しを()う。

「この城の主、伯爵の居場所へ案内せよ」


「そ、それはできない」

「従えぬならば死ねば良い」

 狼狽(うろた)える人間をよそに、コアイは淡々と答える。答えながら、少しずつ縛めに力を込めていくよう命ずる。


「ぁ゛ゥ……ぎ……」

「……………………」

 喉が潰れたような声を漏らす者、声も出せずぱくぱくと口をひくつかせる者……首を括られた者達は、それぞれに生命の危機を迎えていた。


「あ、いや、その……俺たちは伯爵様の居場所を知らないんだ、だからやめてくれ!」

「そうなのか、それがどうしたのだ」

 そんな言葉は要らぬとでも言うかのように、コアイは淡々と突き放した。


「おい、頼むよ! 知ってそうな人を呼ぶから!?」



「その必要はない」

 居館らしき建物から、低く渋みのある落ち着いた声が聞こえてきた。声の主らしき人間は、その口調と同様に落ち着いた歩調でコアイへ近付いてくる。


「お初にお目にかかる、私は騎士としてアルマリック伯ジェイムズに仕える、ダイアルという者だ。貴公は?」

「私は、コアイ……そのアルマリック伯とやらは何処(どこ)に居る」


「答える前に、兵士達を解放してくれないか。人質ならば私が代わる」

 ダイアルと名乗った老人はそう言いながら、真っ直ぐな目でコアイを見据えてきた。


「……(たばか)れば、殺すぞ」

 コアイは老人の態度に少し感心したが、それには言及せず兵士達の絞首を止めた。赤黒い血縄は、それぞれが絞めていた頸から退いて老人の頸へと、滑らかに絡みついた。


「なんと……ところで貴公、城下で女魔術師に会わなかったか」

「魔術師なら外で寝転がっている」


「ふむ……()いてきてくれ」

 老人は受け答えの後、少し間を置いて……特に表情を変えず歩き出した。コアイがそれを追っていくと、敷地のはずれに粗末な小屋があった。


「こんな所に伯爵とやらが居るというのか」

「結論を急がないでいただきたい」


 老人が小屋の戸を開け、その中にあった樽を転がして退かせる。そうしてから、地面に鍵らしき小物を差し入れ、床に備えられた隠し戸を開いていた。

「今日はこの先で、お休みのご予定だ」

「この先だと?」



 コアイの耳に、女の悲鳴のような音が届いた。

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