七 探しものは遠くチカク
少しだけ漂っていた生命の残り香が、辺りを吹く風に流されていく。
そこにはもう、コアイを止め得る者は居ない。
魔術師は一旦捨て置き、早く城へ向かおうとコアイは考えて……ふと気付いた。
そうか、そうだ。 こやつも、女…………
うつ伏せで小さな呻き声を漏らす人間の体を反転させてから、その顔を見つめ両肩を掴んでみた。
その顔には少し土と酸い、コアイの感覚を呼ぶ。
その両肩は少し柔らかく、コアイの指先を包む。
しかし。
違う。こんなものではない。
彼女が与えてくれるあたたかさ、やわらかさは……この女からは届いてこない。
さみしい。
「ぅぁ……ぁ゛……」
女の呻く声を聞き流し、コアイは城の見える方向へと進む。少し歩いた先には城壁と城門が備えられていたが、その門はだらしなく開いていた。
コアイは門をくぐり、坂を登り……やがて城の正門と思しき門扉の前に辿り着いた。こちらは滞りなく閉ざされていたので、コアイは風の魔術を普段より弱く想起した後、『突風剣』を唱える。
放たれた風刃は門扉を破り、奥の建物をも少々加害したらしい。
コアイはまだ少し魔術が強かったか、と省みながら城へ乗り込んでいく。
領主の居館らしき建物の手前、広場には十数人の武装した人間がいた。彼等はコアイの姿を見て半円状に並びながら槍先を向けたが、手前の城壁沿いから逃げてきた者が混じっているのか、彼等の士気は低いようだった。
「逆らわねば、殺さぬ」
丸腰の一人が、それを取り囲む武装兵を脅すという奇妙な光景であった。
「くっ……ぬおおおっ!」
人間の一人が、大声を上げながら槍で突いてきた。その声と表情は恐怖を必死に押し殺したかのようだったが、その行為は何の意味も持たない。
コアイは槍をいなしつつ、斥力を男の頸に圧し込む。
「がっガハ……っ……」
「抵抗する者は、殺す」
コアイは足下で藻掻く者には一目もくれず、立ち尽くす集団に冷淡な眼差しを向ける。
「な……何が望みだ?」
「この城……領主の居所へ案内せよ」
「し、しかし、そんなことは」
コアイは塞がりかけた指の噛み痕に爪を立てて傷を押し広げ、そこに滲んだ血を使役する。
「ん? げあっっ」
兵士達の一人が、頸を絞められて悲鳴を上げる。
「次はお前か、それとも他の者共が良いか」
コアイは表情を変えず、指先から次々と赤黒い紐を湧かせ、声を掛けてきた者を除く各人の頸を扼する。
各々が悲鳴を上げながら、ある者は膝を付き、ある者はのた打ち回る。
「なっ……!?」
残された男はそれを見、近くにいた者へ駆け寄ったが……何の対処も出来ない。
「おい、何をした!? やめっ、やめてくれっ!?」
男は顔をコアイの側へ向け、目を泳がせながら許しを乞う。
「この城の主、伯爵の居場所へ案内せよ」
「そ、それはできない」
「従えぬならば死ねば良い」
狼狽える人間をよそに、コアイは淡々と答える。答えながら、少しずつ縛めに力を込めていくよう命ずる。
「ぁ゛ゥ……ぎ……」
「……………………」
喉が潰れたような声を漏らす者、声も出せずぱくぱくと口をひくつかせる者……首を括られた者達は、それぞれに生命の危機を迎えていた。
「あ、いや、その……俺たちは伯爵様の居場所を知らないんだ、だからやめてくれ!」
「そうなのか、それがどうしたのだ」
そんな言葉は要らぬとでも言うかのように、コアイは淡々と突き放した。
「おい、頼むよ! 知ってそうな人を呼ぶから!?」
「その必要はない」
居館らしき建物から、低く渋みのある落ち着いた声が聞こえてきた。声の主らしき人間は、その口調と同様に落ち着いた歩調でコアイへ近付いてくる。
「お初にお目にかかる、私は騎士としてアルマリック伯ジェイムズに仕える、ダイアルという者だ。貴公は?」
「私は、コアイ……そのアルマリック伯とやらは何処に居る」
「答える前に、兵士達を解放してくれないか。人質ならば私が代わる」
ダイアルと名乗った老人はそう言いながら、真っ直ぐな目でコアイを見据えてきた。
「……謀れば、殺すぞ」
コアイは老人の態度に少し感心したが、それには言及せず兵士達の絞首を止めた。赤黒い血縄は、それぞれが絞めていた頸から退いて老人の頸へと、滑らかに絡みついた。
「なんと……ところで貴公、城下で女魔術師に会わなかったか」
「魔術師なら外で寝転がっている」
「ふむ……追いてきてくれ」
老人は受け答えの後、少し間を置いて……特に表情を変えず歩き出した。コアイがそれを追っていくと、敷地のはずれに粗末な小屋があった。
「こんな所に伯爵とやらが居るというのか」
「結論を急がないでいただきたい」
老人が小屋の戸を開け、その中にあった樽を転がして退かせる。そうしてから、地面に鍵らしき小物を差し入れ、床に備えられた隠し戸を開いていた。
「今日はこの先で、お休みのご予定だ」
「この先だと?」
コアイの耳に、女の悲鳴のような音が届いた。




