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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
276/313

彼女のためなら、ためならば

 更新が大変遅くなりました。申し訳ございません。

 帰り道は長い。だが、戻るべき場所は分かっている。

 向かうべき目標は明確である。だから何も問題ない。


 来た道を戻って、戻って、戻って……手にした二本の木を持ち帰る。

 木を預けて、安全な地へと帰って……逢えなかった彼女を取り戻す。


 ()び出す。確かめる。見守る。待ち続ける。寄り添う。目覚める。

 見つめあう。手に触れる。肌を寄せる。頬に触れる。触れられる。


 帰ろう。私の……私たちの『聖域』に。



 コアイが大公について考えていたのは僅かな時間のみであった。

 大公についての思考は、()ぐにスノウへの懸想(けそう)へと移り変わってしまう。

 それも、仕方のないことだろう。既に半月ほど、彼女に逢えないでいるのだから。


 それも、曖昧な意識のなかで惰眠を貪っていたわけではなく……はっきりと彼女を意識しながら、逢えないでいるのだから。


 目の前に高い岩場。

 降りてきた時の記憶を頼りに、傾斜の緩い場所を探して回り込む。

 コアイなら手を使わずとも、何とか登れる程度の高さにある足場……そこを活かして、岩を登る。



 もし今、此処(ここ)に彼女がいたら。

 先に私が上へ行って、手を引いてやる必要があるかもしれない。

 ……昔、彼女が瓦礫を登れず……引き上げてやった記憶がある。確か、城を攻め取ったときだった。

 あの時は、何故か少し不満げだったように思う。何時(いつ)も楽しげな彼女が。

 だが私は楽しかった。彼女の手があたたかくて。

 もしかしたらそれ以上に、はっきりと彼女の役に立てたことが嬉しくて……楽しかったのかもしれない。

 今にして思えば。


 けれど、いま彼女はいない。

 私の手が握るのは、固く冷たい木々の枝。


 そこに、彼女のようなやわらかさは無い。

 そこに、彼女のようなあたたかさは無い。


 それを意識してしまうと、少しさみしい。



 彼女の不在をひしひしと感じながら、コアイは岩場を登り切った。

 登り切ると分かる……見下ろせる範囲では小さく遅い流れの川、その上に天然の、幅広の橋が途中まで架かったような岩場。


 長く生きてきたが、このような地形にはまるで見覚えが……いや、話に聞いたことも無かった。

 しかもこの先には、あの大きな沼地……この川の、細く遅々とした流れだけでは全く足りそうもない、大量の泥水。

 このような地が、大森林の先にあったとは。

 しかも、過去にはこの地を訪ねて無事に帰り着いた者がいたというのだ。


 確かに私なら、此処まで彼女を……旅に不慣れな者でも連れて来ることができるだろう。

 と、一人でならこの地を越えられる、つまり少なくとも難所の探索においては私に近い力を持つ者……それを、これまでに私が知り得なかったなど……


 それにこのような地形なら、敵に攻められる恐れもないだろう。その、過去に大森林を越えて人間にこの木をもたらした者も……この地を支配していた様子はない。

 此処までの道中、何処にも人の営みの跡が見当たらないのだから。

 人間の住む西方には、私よりも古い時代の遺構が残っていた。彼女と一緒に訪ねて……楽しくはなかったが。

 此処に何も残っていないのは、この地に誰かが住み着いたこともないことを示している……はず。


 何故、誰も住み着かなかったのだろうか?

 人間なら兎も角、翠魔族(エルフ)達はこの地に定住しようとしなかったのだろうか?

 あの広い沼地が、北からの侵攻を防いでくれるだろうに。

 人間に敗れた後でも、この地に拠っていれば……人間の支配に屈することもなかったのではないか……?


 しかし、現に此処には何もない。

 彼女が喜びそうな、見せ物となりそうな物すら……花の咲いた一角くらいのものだった。

 ……そうか、確かに考えてみれば、此処には実りがない。

 冬とはいえ、これだけ広大な森の中ならば多少は果実や木の実が、あるいはそれ等を探す獣が目に入るはず。

 そんなものが見つかっていれば、彼女への手土産にでも……できた、か。


 ああ、そうか。

 彼女に相応しくないこんな場所に、余人が住み着くはずもない……か。




 さて、日夜問わず歩いているうちに……森がだいぶ湿気てきた。

 もう少し先に進めば、例の沼地が広がっている。

 となると……手が塞がったままでは不便か。

 沼地の辺に、水草か何かを掴んで登る必要のある箇所があったはず。


 手にしている二本の木、どうやって運ぶか……身体に括り付けてやるか。

 (つた)のように使えそうな草か木の枝を探して、と……



 よし、しっかり身体に巻き付けられた……行くとするか。

 しかしこれは良いな、これならどんなに馬を速く駆けさせても荷を落とさずに済むかもしれない。

 例えば身体の前に彼女を抱いて、背に貴重な品を……


 身体の前に、彼女を抱いて……

 全身で包み込むように、彼女を抱いて……抱きしめたい。


 此処ではできない。帰らなければ。


 はやく帰りたい。

 彼女に逢いたい。

 彼女を連れて、何処(どこ)かへ行きたい。

 彼女を連れて、何処かを歩きたい。


 街の中でも、森の中でも……彼女と歩きたい。

 寒い森の中でも良い……(うるさ)い街の中でも良い。


 静かな場所でも、冷たい場所でも……彼女がいれば。

 彼女さえいれば。


 ここに彼女はいない。彼女のいない、ここはさみしい。

 彼女のいない、私はさみしい。




 思索が浮かんでは消え、浮かんでは消えて……

 いや、浮かんでは上書きされ……消されていく。


 何を考えても……関係ない(はず)のスノウが混ざる。

 何を考えても……関係ない筈のスノウが浮かぶ。



 スノウを思い浮かべて、されど逢うことは叶わない。

 そんなコアイの足取りは、日に日に重くなっていく。

 それでも、コアイの歩みは着実に大森林を北へ進む。

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