彼女のために、実りを得て
乾いて丸まった、地に落ちる寸前と思しき褐色の枯れ葉をひとつ摘み取る。摘み取って、葉が破れぬよう注意深く……少しずつ力を加えて広げてみる。
コアイは掌の上、乗せた葉の一端を指で開くように押し広げてみた。
葉は微かな抵抗を返しながら概ね平らに広がり……広がりきる前に、パリッと乾いた音を立てて破れた。そこへ吹いた北風が、コアイの背を回り込むように掌へ流れて破片を連れ去っていった。
コアイは慌てて手を被せて、葉の残った部分が飛んでいかないように庇った。そして風が一旦止むのを待ってから、再び別の一端を押し広げてみる……
今度は葉が破れるより前、強く吹き付けた北風が一葉を巻き上げて風下へ流してしまった。
それでも、吹き飛ぶ直前にある程度葉の形を視認できたが。
少なくとも二叉か、それ以上に分かれた形の葉。
それに……広げきる前に無くなってしまったから、確証は持てないが……形があの絵に似ていたように思う。
あと数枚は木に残っていたはず。念の為、もう一度絵を確かめてから……
コアイは懐から大公の見本絵を出して、記憶を新たにした。
そうしてから改めて、葉が残っているはずの枝に目を向けると……無くなっている!?
先の強風で落とされた……のか?
コアイは戸惑ってか、思わず一歩後ずさりしていた。
一歩引いたところ、積もっていた枯れ葉が柔らかく沈み込み、体勢を崩させる!
「っ、と……」
コアイは声を漏らしながら踏ん張りを効かせて、転げるのを堪えた。
枯れ葉、か。
昨日寝転がっていたときは心地よかったが、此度は危うくすっ転ぶところだった。
枯れ葉、落ち葉……枯れ葉?
コアイは此度の探索の道中……何故か落ち葉や枯れ葉という存在に意識が向く、それを何度か自覚していた。
しかしこれまでは、それ等に意識が向いても……そこに考えを巡らせることはなかった。
今日初めて、その意識の向きを、意味あるものに。
落ち葉……ん、そうか、この辺りには……
コアイはある漠然とした閃きを得て、それが的外れでないことを確かめようとした。
すなわち、コアイが立っている低木のたもとと、その外側の地面との違い……枯れ葉が落ちて積もった低木のたもとと、その外側……落ち葉が殆ど見当たらない、黒土が疎らにのぞく草地。
やはり……木々のたもと以外には、葉が落ちていない。
ならばこの、足下の枯れ葉はおそらく殆どが…………
足下の枯れ葉は、枝から摘み取った葉よりも閉じており、また脆く壊れやすかった。が、それでも探す手間もなく大量に、また同じような葉ばかり集められる状況では気にならなかった。
多少ならば砕けていても、細かな破片を飛び散らせるような風が吹くまでは……その形を推測できる。
日が傾く頃まで幾度となく、一心不乱に繰り返して、日が傾いたことにも気付かずに。
辺りが暗くなって、コアイは漸く手を止めた。
しかしそれは、暗がりで落ち葉を調べるのが苦痛なため、ではなく……周りの木々がおそらく目当ての樹木だろうと考えられたためである。
この木を持ち帰って、大公に見せてみよう。
もし見当違いだったら、無駄足になるが……それらしき樹木を見つけたのだから、一度戻ろう。
この木が、大公の望む品であれば良い。
そうなれば、大公があの白糸を用意できるという。
そうなれば、彼女にあの美しい装いを用意できる。
そうなれば、彼女はきっと喜び身に着けてくれる。
そうなれば、彼女は私に笑顔を向けてくれるはず。
そうなれば、私は彼女の笑みを見つめて、浸って。
そうなれば、私は彼女のあたたかさに、熱さに……
……と、そのためには木を掘り出さねばならぬ。
木の幹を断ち切ったり根を除いたりせず、根ごと掘り起こして運ぶべし……と聞いている。
地下に伸びた根を付けたまま、ということは……いや、急く必要はない。朝を待とう。
コアイは朝を待って、持ち出すのに良さそうな木を選ぶことにした。
やろうと思えば、発光の魔術を用いながら木を選んで掘り出すことも可能だろう。しかし、複数の魔術を同時に発動させると力加減が雑になってしまう虞があり……それは避けたかった。
というのも、コアイは木の根を掘り出すような道具を持ってきていない。そこで地面に風刃をぶつけて、土を弾き出すことで木の根を露出させて引き抜こうと考えている。
その場合、コアイの膨大な魔力では当然……相当に力を弱めて魔術を撃たなければならない。例えるならほんの少しの力で、小さな虫を潰さず撫ぜるような心づもりで。
意識や魔術の力加減が乱れる要素を減らすため、発光の魔術を使わずに済むように……コアイは日の出を待った。
翌朝、コアイは持ち運びやすそうな背丈の低い木を二本選び出した。
その幹は背の低さなりの、片手で楽に握れる程度の太さをしている。
コアイは一応、木の幹を掴んで力ずくで引っこ抜こうとしてみて……早々に無理と悟った。
幹から手を離し、数歩離れてから呟く。
「風よ我が刃よ、『突風剣』」
極めて弱く、小さく、微かに想起した魔術の風刃を数箇所に飛ばし……木の周りの地面を吹き飛ばしてやる。
首尾良く地表を削ることで大地の支えを失った木の幹を握って、根っこから引き出した。
地面のあちこちに穴を空けてしまったが、それは致し方ない。
回収した二本の木を両手に一本ずつ持って、コアイは帰ることにした。
帰り道は、あの湿気た森を抜けるため……一先ず真っ直ぐに北へ向かってみる。
その道中は、背負った木々の様子くらいしか注意を払うべき事柄もなく……コアイはぼんやりと考え事をしながら歩いていた。
始めに考えたのは、大公は何故この時期に依頼してきたのだろうか……という点。
単に、冬には目印とすべき葉が枯れることを失念していたのか、コアイがもう少し探索の準備に時間をかけるものと考えていたか。
それとも……コアイであれば、冬の葉枯れすら何らかの魔術で対応してしまう……とでも思っていたのだろうか。
それ等は、コアイにとってはどうでも良いことだが。
大公に関してコアイが留意すべき点といえば、万が一……大公あるいは別の人間の勢力がコアイの不在を狙ってエルフ領へ攻勢を仕掛けてくる可能性、であろう。
だがその心配はない、というのが居城に残るソディ達の見立てであった。大公は、後先を考えず軽挙に出るような、そのような愚か者ではない……と。
ソディ達がそう言うならば、と……コアイも人間達の動きは気にせず、気に病まず……のんびり探索に出て、帰路についている。




