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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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彼女のためなら、どこまでも

 それまでの、鬱蒼というよりは陰鬱な、あるいは陰湿な森とはまるで様子が違っている。

 あの岩場と小川を隔てただけで、これほど変わるものなのか。



 コアイは川を挟む高い岩場を渡った先、傾斜の緩やかな場所を探して回りこみながら森林へと降りていき……その手前にさしかかっていた。

 頭上には、先ほど見えていた花を付けた木々……枝に葉が見当たらない代わりに白、あるいは微かに紅く見える花が生えている。


 葉が茂っておらず、花のみを枝に付けた木々……というものを、コアイは目にした記憶がない。もしかしたら、普段コアイが暮らす東の大森林をくまなく探せば、季節次第で見つけられるのかもしれないが。

 ともあれ、コアイにとっては馴染みのない木々が目立つ森といえる。しかし、そこへ踏み入るのに躊躇はなかった。

 これまで歩んできた、湿り気が纏わりつくような森よりもよほど好ましい、森らしい森だと……感じていたから。



 森の中を歩いて数歩、入口で感じたとおり……そこは何となく好ましかった。

 森と聞いて、コアイが想像する視界、匂い、風。

 森と聞いて、スノウと共にしたい緑、落ち着き。


 それまでとは様子の違った、普段どおりの安らぎがある場所。

 彼女と共に過ごせば、あたたかくなれると……そう思える場所。


 もちろん、食料や酒を携えていない今……彼女を()ぶ気はない。

 酒を振る舞うどころか、食事の用意すら難しそうなこの場には。

 一緒に森を散策してくれる彼女を想像する、それだけに止めて。


 数歩先を歩く彼女を想像してみる。

 想像上の彼女は、()ぐに振り向いて笑いかけながら、近付いてくる。


 うん……違う、な。

 きっとスノウなら、たまには興味の向いたものへと駆け出すかもしれないが……多分、隣にいてくれる。そんな気がする。

 多分、隣で私の手を取っていてくれる。容易には離そうとしないで、いてくれる。そんな気がする。


 あの華奢な、あたたかな手で。



 などと……(いく)らかコアイの願望を含んでいそうな、朗らかな彼女の様子を想像しながら森を進んで行く。

 そうしているうちに夕暮れ時になって、幾分風が強く木々の間を吹き抜けるようになった。

 風に吹かれて、枯れ葉が流れていく。


 枯れ葉が地に、あるいは水溜まりに落ちて集まっているのは何度も見かけた。

 しかし風に舞っているのを見たのは、此度(こたび)の探索のうちでは珍しい。道中では落ち葉が湿気ているからだろうか。


 ……落ち葉?


 コアイは落ち葉という存在に、何故か微かな引っかかりを感じた。

 感じたが、冬なのだから落ち葉が多いのは当たり前だと考え直した。

 現に、今も周りに立つ木々は……多くの葉を茂らせたものもあれば、ほとんど裸の枝しか生えていないものもある。

 先の、森の入口の……花を付けていた木々にも、葉は付いていなかった。冬なのだから、そんなものだろう。



 コアイはそれ以上考えるのをやめて、黙々と南へ向かう。

 この心地よい森にあっても、それは変わらない。

 夕方から夜更け、そしてさらに一昼夜……コアイは歩き続けた。



 夜、月が見えた。

 ふと見上げると……大月がひとつ、淡く輝いていた。

 月がひとつ。春が訪れるまでには、もう少し時間がかかるらしい。


 それにしても、森の中でこうもはっきりと月が見えるというのは……?

 深い森林の中、木々の陰にあって、空との間を(さえぎ)るものがない。そんなことがあり得るか……?


 コアイは発光の魔術を強め、辺りの木々の姿を確かめてみた……すると、コアイよりも高い位置には枝が見当たらなかった。

 木々はいずれも、高くてもコアイの背丈より少し上に伸びた程度のもの……何時(いつ)しか低木ばかりが生えた一帯に出ていたらしい。

 確かに、それなら月も欠けることなく見上げられよう。


 だが、それは同時に……これ以上南下したら、この森をも抜けてしまう可能性が高まったことを意味している。

 少なくとも、コアイが知る森は大抵()()()()構造をしていた。森と草地の境では、木々が(まば)らになったり小ぶりになったりして、森の終端を示すかのような姿を見せる。


 と、なれば……これより先に進むべきか否か、考えなければならない。

 この森の中に目当ての樹木が生えているとは限らない。だがこの森を抜けるなら、その先に別の森があることを確認しておくべきだろう。


 ……本当にそうか? 森を目印とすべきなのか?

 コアイは大公の言葉を思い返してみる。



「しかしこの葉をつける木は……我らの住む地には生えておらんのだ。花を付けさせて種を得て、苗を育てようとも…………」

「古い文献に、タブリス南の森林の先で自生している樹を運んできたという話が見つかっている。それで、私も何度か調査隊を組んで…………」



 大公は、「タブリス南の森林の先」と言っていた。

 つまり……森林の中で、他の木々に混じって育つ樹木とは言い切れない。

 どうしたものか……


 コアイは悩み、気疲れからか……なんとなく腰を下ろしていた。

 偶然か、そこには枯れ葉が積もっており……フカっと柔らかな感触を返してくる。

 それが妙に優しく感じて、コアイはそのまま仰向けに倒れ込み、枯れ葉の層に全身を預けていた。

 そしてぼんやりと、月が西へ落ちていくのを眺めていた。



 月が落ちて、(しばら)くの宵闇ののち……夜が明ける。

 低木が朝日に照らされて、その姿を白日に晒す。


 (ほとん)ど葉の付いていない枝、低く細身の幹。

 しかしよく見渡すと、僅かに葉が残っている。


 枯れて落ちそうな褐色の、丸まり縮みかけたことで三叉の分岐が見分け辛くなっている葉が。

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