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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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彼女のために、道は拓く

 水中に引き込むような力は感じない、が……此処(ここ)で遊んでいる理由もない。


 コアイは一先(ひとま)ず、体勢を崩さないように気を付けつつ……片手で枝葉を(つか)んだまま、力を入れて右足を引き上げてみる。

 足に絡んでいた何かは、とくに抵抗を感じさせなかった。水を含んだ靴の重さが主な抵抗となって、水面から問題なく足が出たことを伝えてくる。

 足を上げたまま、そこを魔術で照らし目を凝らしてみると……細い木の枝とも水草の茎とも見える何かが右足に絡まっている。

 それは水面から引き()り出された今も、絡みついてはいるが……(まと)わりつこうとする力はとくに感じないし、見た目にも動いている様子はない。


 水中では絡み付いてくるような動きに感じたが……気の所為(せい)だったのか?


 なんにせよ、この物体に気を取られている暇はない。

 コアイは空いた手で右足の絡まりを剥がしてみる。

 その手触りは(つる)のようで、茎に近いようだが少し硬い。その硬さのためか、指でしっかり(つま)まないと上手く剥がれない。

 これは、足の動きだけで取り除くのは難しそうだ。これに捕まっても大きな害はなさそうだが……引き剥がすのが面倒だというだけでも、進行の妨げとなって苛立ちを生み、探索者を疲れさせることだろう。


 ……此処が大公の言っていた、人間達には越えられなかった沼地かどうかは分からない。

 沼地と呼ぶには水が多く、また澄んでいる。それに泥の臭いらしきものも感じないが……まずは先へと進まねば。

 此処を越えなければならないことは確かだから。


 コアイは足場の安定したあたりまで進んでから、左右を見渡してみる。

 どうやら、見渡せる範囲に水のはけている場所はないようだ。であれば、今は迂回を考えずに真っ直ぐ水場を抜けるべきか。


 行こう。目的地は、まだ先……のような気がする。



 コアイは半日ほどかけて水溜りを抜けた。

 魔術による光を灯して、足場を確認しながら歩いたため……距離としては然程進んでいないかもしれない。

 ただ、目と触感で足下に注意を払い続け、また時おり水場に棲むものが水を叩く音を響かせながら逃げていくのを耳にしながらの踏破は……少なくとも退屈ではなかった。

 変わり映えのない湿林を淡々と歩いた、先の数日間よりは。


 ふと、コアイは今しがた乗り越えたばかりの水溜りへと振り向いた。

 日が落ちてから(しばら)く経っており、森の中はすっかり冷え込んでいる。

 とは言っても、この辺りは大陸の北側とは違い川や湧き水が凍るほど寒くなることはない。それはこの森の中も例外ではないらしい。


 ……いっそ凍ってしまったほうが、渡りやすかったのかもしれない。

 半端に冷たい水が張っているからこそ、難所となるのだろう。

 それはそうと、此処からは念の為……目当ての若木が生えていないか確かめながら進むべきか。


 此処が人間達の探索を押し止めた場所、という可能性もあり得る。

 コアイは大公から貰っていた、目的の木を示す葉が描かれた紙を懐から出した。

 そうして確かめた、その葉の形……規則的にうねりながら三叉に分かれたようなつくりの葉は、少なくとも此処までの道中で見かけたものとは異なっている。


 やはり、此処より北側、手前には生えていない木らしい。

 では、もっと先、南へ向かおうか……


 葉の形状を十分に記憶して、コアイは絵を懐へ戻そうとした。

 そのとき……別の紙の角が、ツンとコアイの指を刺した。

 その角は、大公から貰った紙とは明らかに異なる硬質なもので……そう察して、思わず取り出した。


 スノウが描かれた絵画……その存在を意識した途端、ひと目確かめずにいられなくなってしまったから。


 水溜りの辺りで棒立ちのまま、コアイは両手の指先で大事そうにつまんだ彼女の肖像画を……じっと見つめて…………



「……待っていてくれ、スノウ」

 どれほど時が過ぎたか分からないが、ある時コアイの口から独り言が(こぼ)れた。


 誰へともなく一言を紡いだその口は、誰に見せるでもない微笑みを浮かべている。




 翌朝、すっかり気力の充ちたコアイは泥濘(ぬかる)む森を突き進んでいく。

 突き進むといっても、周囲の木々に目を向けることは忘れずに……

 しかし道中でそれらしき葉を付けた樹木を目にすることはなく、二日が過ぎた。


 そして三日目の、昼過ぎ。

 木々を縫って射し込む陽光の向きの変化から、おおよそ南に進めていることを確かめたコアイの鼻先に……一言で泥臭いと表したくなる、そんな臭いの風が吹いた。

 コアイは歩を速め、急ぎ南下してみる。


 これまでより密に林立した、葉を付けた、あるいは葉の落ちた木々の間を通り抜けていくと……また、何かが逃げていくような水音を立てていた。

 それには特に注意を向けず、コアイはさらに足を進めていく……


 と、数十歩の先……地に下ろした踵がズルリと前に滑る!

 コアイは反射的に踏ん張って踵を止め、よろけるのを堪えていた。

 立ち止まったまま一つ息を吐いて、足元を見渡すと……これまでよりも一層柔らかく泥濘んでいる。

 コアイは転ばぬよう、注意深く泥濘から足を抜き、また足を差して、と慎重に歩みを進める。

 

 そうして暫く歩みを進めて、気疲れと臭気を感じたところで……改めて辺りに目をやると、あちこちに小さな水溜りを湛えた沼のような場所に辿り着いていた。


 先日の水溜りは……足下、水面が澄んでいたため水底の状態を目視である程度予測しながら歩けていた。

 しかし今回、眼の前に広がるのは……濁り、臭った……まさに沼地と呼べるものであった。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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