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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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彼女のために、道なき道を

 此処(ここ)は、私の知る森とは様子が違うようだ。


 タブリス領南の大森林に入ったコアイは、たった数歩進むうちに違和感を覚えていた。

 この森へ来るまでの数日間、南の空には雲がかかる様子もなく……昼には(まぶ)しいほど陽の光を浴び続けていた。

 そのため、森の上空でも雨や雪は降っていなかったと考えられる。それなのに、足元の土が乾き切る前の泥濘(ぬかるみ)のように柔らかい。


 私の知らぬ、このような場所があったとは。

 興味深いとまでは思わぬが、気を配り……周りの変化を(さと)く捉えよう。

 このような場所では、何が起こるか解らぬ。

 身の護りを解かなければ、致命的な事態に陥ることはないだろうが……念には念を入れよう。


 それから数歩、進むごとに段々と強く……吸う息に、湿り気を感じた。

 例えるなら長い雨夜の翌朝、露がじっとりとまとわり付くような。


 コアイは何となく、近くの立木……(こけ)むした幹に触れてみる。すると手にべたりと水気が移り、掌で集まった雫がポタポタと足下へ落ちていったが、足下へ落ちなかった一部が手首から肘へ伝ってきた。

 コアイは思わず、手を強く振り下ろして水気を払う。



 そこに有るはずのない潤いが、少し気持ち悪い。


 水は人々の暮らしに、生命に欠かせぬもの。

 しかし、今触れたような水は……扱いづらいように感じる。

 少なくとも、飲み水にしたいとは思わない。

 私は飲み水が無くても問題ないが、水を必要とする誰かに……彼女に、これを飲ませたいとは思えない。


 此処は、潤いにあふれてはいるが……確かに、人が住み着くどころか腰を据えて探索することすら難しいかもしれない。

 晴れた日でもこれだけ湿気ているようでは、()き火を(おこ)すのにも苦労しそうだ。

 過去の人間の探索隊とやらは、(まき)を持ち込むなどしたのだろうか。それとも……焚き火が要らぬような暑い夏を狙って、立ち入っていたのだろうか。



 などと考えを巡らせながら、コアイは歩き続ける。

 時おり、目印となる赤い小石を木の南側と思しき位置に置いて行きながら……歩き続ける。

 やがて夜を迎えると、月灯りでは森の中を充分に照らすことができず……コアイは発光の魔術を用いて辺りを照らしつつ歩き続ける。


 発光の魔術を使いながら歩いていると、時々……なにか木々を揺らす音が聞こえてくる。

 鳥や獣が、闇夜に不似合いな光に驚いて逃げているのだろうか。

 しかしそれよりも、コアイは踏みしめている地面がますます緩く……泥濘と呼べるほど柔らかくなっていることが気にかかった。



 雨も雪も降っていない。

 何故、足下がぬかっている?

 川が近い? それとも何処(どこ)かから水が湧いて、流れてきているのだろうか?

 見える範囲では、湧き水や水の流れは確認できない。せせらぎ……流水の音もまったく聞こえてこない。

 ただ、辺り一面が湿気っている。


 木々は湿気っているどころか、もはや濡れていると言ってもいい。そして地面は泥濘。

 これでは焚き火どころか、灯りとなる松明(たいまつ)の用意にも苦労するだろう。

 発光の魔術を扱える者を連れていなければ、夜には満足に身動きもとれまい。かと言って、腰を下ろして休めるのも……水気の多そうな木の根くらいのもの。


 こんな所を、ただの人間の兵士が探索していたのか。

 大公が言うには、沼を越えられなかったという話だった。ということは、この辺りの泥濘は越えられた……もっと先に難所があり、そこで諦めたということだろうか。

 まったく、ご苦労なことだ。



 コアイは夜の闇を払いながら、休むことなく歩き続ける。

 何時(いつ)しか朝が来ても、また夜が来ても……空気も木々も、地面も湿気った森の様子は変わらず……コアイは歩き続けた。


 それが二、三日続き、さすがのコアイも変わり映えのない湿林の風景に飽き飽きしたころ……水の音がした。

 コアイが発する魔術の光に驚き、逃げた生物……ただ今回は、その逃げる音は木々のざわめきではなかった。

 逃亡者は、バシャバシャと……水を叩く音を響かせたのだ。

 それはつまり、近くに水場があることを意味する。

 コアイは足元に気を付けながら、音の聞こえた方へ向かってみた……


 そこは、コアイにとっては不思議な光景だった。

 視線の先では、小さな池のようにみえる水溜りから突き出したように木々が生えている。

 また足下には浅く水が張っており、泥とも石や砂利とも違う……木の根のような感触がある。

 その感触は、足を入れた者をゆっくり呑み込む沼地の()()とは異なり……少し沈んだのちに地上へ押し戻すような、しなやかな弾力を感じさせる。



 水の中に水草や藻が漂っているのは、何度か見たことがある。

 だが、水中から木の幹が生え出しているというのは……話に聞いたこともない。

 やはり、この森は……私や翠魔族(エルフ)の住む東の大森林とはまるで違っている。

 妙な光景だ。だが水溜りも沼の濁りとは違い、澄んでいるように……!?


 突然コアイの足下がぬるりと崩れ、右足に滑りを帯びた何かが幾重にも絡みついた!

 コアイは身体が沈まないよう、咄嗟(とっさ)に近くの枝葉を(つか)む。そしてそれを強めに引いて、体重を支えられるほど安定していることを確かめた。


 一先(ひとま)ず、身体が沼中に沈んでいく危険はなく……特に引き込むような、沈めようとする力もかかっていない。

 コアイは然程危険な状況ではないと察し、右足に意識を向けてみる。


 前後左右に、何かが絡みついている。だが締め付ける力は感じない。

 締め付ける力は感じないのに、容易には足が抜けない。

 歳の瀬ですね…

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