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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 私達は、共に生きる二人に
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逢えなくても、想えば私は

 大公はまだこの街に着いていないらしい。(しばら)く待つしかないか。

 とはいえ、ただ待っているのは退屈だ。


 コアイはサラクリートの街並みや城壁外の近辺をあちこちと散策しながら、大公の来訪を待つことにした。

 コアイは大公が着くまでの間に、街の酒場数軒やそこで話に聞いた名所などを一通り巡ったが……この街ではスノウを連れて行っても、喜んでくれそうな場所はなさそうだと再確認しただけだった。

 それも、大公が着くより先に名所の下調べを済ませてしまったため……コアイは数日、宿の寝室で待つ羽目になった。


 行き場もなく手持ち無沙汰になったコアイは一人、スノウに貰った小物のいくつかを懐から取り出して……それ等について説明してくれた彼女の声を思い出す。

 説明の内容は、あまり理解できていない部分が多い。その小物を用いる意義さえ理解できていない、そんな場合もままあった。

 ただ、その用途を説明しながら小物を譲ってくれる、そんな彼女の声と仕草を思い出すのは心地が良い。

 そう感じていると、声や仕草を思い出すだけでは少し足りなくて、もどかしくなって……肖像画を取り出す。


 彼女が描かれた肖像画を一枚、眼の前に拡げて……まじまじと見つめる。

 そうして一心に彼女の絵を見つめていると、息が詰まる。

 息ができないでいるのか、息をするのを忘れているのか……それは分からない。

 分からないまま、思考に、意識に彼女だけが残り……


 分からないまま、胸の奥、彼女が()みこむように……


 それはそれで、コアイにとっては楽しみ、喜びに溢れた……あたたかなひと時である。



 何日か、寝室に引き篭もり彼女への懸想(けそう)(ふけ)っていた。

 そんなコアイを現実に引き戻す邪魔者が現れたらしく、戸を叩く音が室内に響く。


「お客さん……おっと、お客様〜?」

 ベッドの上でひと塊になったシーツを抱きしめ、深く眠っていたらしい。

 顔を上げると、窓から見える夕焼けの赤が視界の端を照らした。


「あなたにこの手紙を渡してくれって、さっき騎士様に預かったんだ」

 コアイは特に返事をしなかったが、()ぐに起き上がって戸を開けてやる。その先には、宿の下男らしき姿があった。


「寝てたならごめんよ、それにしても……こんなちゃんとした封止め初めて見たよ」

 男は部屋に踏み込もうとはせず、細い筒状に丸まった、片手では持て余しそうな程の紙をコアイへ差し出した。


「あ、もしかしてお客様、わりとエラい人だったりする……んですか?」

 男は、コアイが手紙を受け取る様子に目を向けながら(つぶや)いている。

 細かな装飾をあしらわれた封緘(ふうかん)から、コアイの立場を気にしているらしい。


「あの、失礼とかなかったらいいんですけど」

「そんなことに興味は無い」

 どうでも良い。コアイは封緘を外し、早速手紙に目を通す。


『コアイ王へ、フェデリコより心書の状をお送りいたす。


 どうも、この田舎町で随分と待たせてしまったらしい。大変申し訳ない。

 明日、昼二の刻の鐘が鳴ったら鐘楼の最上階へお越しいただきたい。

 今日のうちに、鐘楼の周りを押さえておく。また昼の刻には人払いしておく故、特に気遣いは無用。


 明日すぐに会える故、略儀にて失礼いたす。

 では、後ほど。


      アンゲル大公 フェデリコ・パライオ・コムーネ・アンゲル』


 ……何故私が此処(ここ)にいること、何日も待っていたことを知っているのだ?

 間者にでも調べさせたのだろうか。


 と言っても、それは大した問題ではないか。暗殺者を雇って襲わせたわけでもない。

 また、大した考えもなくそんなことをする者ではない……と聞いている。それは、その通りだろう。

 どうも掴みどころのない、面倒な男だとは思っているが。


 コアイは手紙の内容にわずかな疑問を抱きつつ、それは些事(さじ)だと考えを振り払った。


「じゃ、お渡ししたんで帰りますね」

「待て」

「えっ、おれ何か……」

「昼二の刻の鐘、とはどんな音だ」

 コアイは男に『昼二の刻の鐘』について(たず)ねた。

 というのも、コアイはこの街に十日ほど滞在していたが……鐘の音になど興味を持たなかった。そのため、昼の二の刻を知らせる鐘の音とやらを判別できそうにないと直感したためである。


「え、えっと……ガラガラン、て感じ……です」

「なに? どういうことだ」

「うっ、そ、その……ちょっと高めの音で、二回続けて叩いた感じの……その……」

 コアイが貴顕の身かもしれないと少し怯えたのか、顔を引きつらせながら答えた男の説明は……コアイにはいまいち伝わらなかった。


「その説明では分からない、昼二の刻の鐘を聞き分ける方法はないのか」

「えっと、え〜……あっそうだ」



 男は頬に冷や汗を伝わせながら、コアイに一案を教えてくれた。

 なんでも、朝四の刻の鐘は四連の高い鐘の音で、その次の昼一の刻の音は朝より低い一度の音だから……明朝、四連の鐘の音の後に二連の音がしたら、それが昼二の刻の音だと。


 コアイはその言葉を頼りに、翌日の昼……街の一角に建てられた鐘楼へ向かった。

 その道中、何人かの武装兵……これまでこの街では見かけなかった、装備のよく整った兵とすれ違った。が、一転して鐘楼の周囲には……入口にすら、誰もいない。

 コアイは周囲に強い魔力を感じないことだけを確かめつつ、鐘楼に入り階段を登る。


「御足労いただき、まことに感謝いたす」

 階段を登りきるとその先、大きな鐘がいくつか並ぶ、吹き抜け構造の一角で……大公フェデリコが一人、(ひざまず)いていた。

 どうも風邪を引いたようです。

 季節の変わり目ですので、皆さまお気をつけて……

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